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なとなと(初盤)

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あの日――――

『今まで、ありがとう』

と。親友のひとりからそんな電話がかかってきた。
――驚いた。

面倒くさがりやの彼女が、わざわざ私に電話をかけてくることにも。別れの挨拶ような、彼女の言葉にも。

「どうしたの、なにかしたの?」

「いや、そうじゃないんだけど……なんか、最近、うちのまわりがおかしくてさ。近いうちに、私は――」
聞きたくなかった。
最後まで言わせたくなかった。遮るように、わかった、と言った。

「わかった、わかったよ。今度の休みに家に行くからね。頼もしい男の人も連れて」

そう言うと、少し、間が空いた。
そのとき彼女が何を考えていたのかなんて、知るすべもないけれど。ふふふ、と小さく、震えた声がしたのを覚えている。それから、彼女は、ありがとう、と繰り返しのべた。

「……心強いな、優しいね、ありがとう」

「うんうん、だから、ちゃんと……待っててよ?」

「わかった。あんたのそういうとこ、大好きだ。楽しみにしてるね」

「うん、ばいばい」

「またな!」

なんてことない、ただの会話だった。でも思えば、あれが、彼女との、最後の――――



ぼくは、行七 夏々都 (ゆきしちななと)。自分の名前が強調しているほど夏はそんなに好きじゃない。あだなは七行くんだった。
――という我ながら素敵だと自負している自己紹介を思い付いた小さいときから、今に至るまでこの自己紹介を使えたことがない。

「名前なんてどうでも良いだろう」としらけるのは明らかだったし、誰も意味がつかめず、ウケも取れずに失敗すればただの寒いやつである。いや、痛い。ほぼ確実に痛い。

実は想像するだけで、意識の奥に潜在するマゾヒストな精神が一瞬戦慄して、そこからすぐに歓喜しそうなところだったりするが、やはりそうと言えどもチキンなぼくにはどうしても使う勇気がなかった。
一瞬の快楽ですべての信頼を失いそうな感じがする。それこそ、好きな人に好きだという方が易いくらいだと思う。ああ、痛い。心が痛い。やってはいけないと思うほどやりたくなるのはなぜだろう。

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