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8. CAF invoice [ 22/125 ]
「――出て」
橋引が車の動きを無理矢理止め、座席のドアを無理矢理開けた。
俺も動く。かいせも黙って周囲を睨んだ。
運転手も、慌ててドアを開けると外に転がり出る。四人で物陰というか、壁の角に隠れていると、どこかから人が集まってきた。
「いつバレたんだ」
「さあね。あなたたちがいちゃついていたのが目立ったんじゃなーい?」
かいせと橋引は仲が良いから、少し羨ましい。俺は冷静に思考を巡らせる。
今向かっているのは、山なので、山歩きにふさわしい格好に着替えてはあるけど、できるならあまりキツい運動はやだなと思う。
「この辺りにある山のどれかなんだが」
と事前にかいせに言われたことを、俺が細かい情報を組み立て予測してマップ化している。
目の前には、山が1、2、3とならんでいた。
またかいせが、千里眼を使い始める。
俺は、そばで情報を聞き取り組み立てていく。
やりとりをしながら、なんだか、おかしくなった。
「ふふ、ふふっ」
懐かしくて。
慣れたやりとり。
思わず笑ってしまう。
そうか。
「あん? いきなり笑い出して、なんだ色ちゃん」
かいせが、ひきつったように睨んで来るのさえ、笑えてくる。
「いやあの。今ふと思ったんだ。俺には『好き』って空気より軽い意味でしか無いとね」
「それが今どう関係し――」
「俺はたぶん」
好みなんか、聞いてない。
「必要だと、言われないと納得できないんだと思う。強欲なんだ。それくらい、誰も信じられない」
「そんなの、好きなら、必要に決まって」
「ないよ」
「え……」
「決まってないよ。必要かどうかなんて。
傘だって好きだけど壊れたら捨てる。人間もそう。好きだけど面倒なら捨てる。好きじゃだめだよ、気の迷いかもしれないからね」
「そんなの――お前は」
「岩がある場所だったな、この辺りの地質からして」
「おい」
急に切り替えると、鋭く突っ込まれる。
地質からして、雪崩はそう起きなさそうに見えている。いや、だいたい岩を落としているのだから、ご遺体は下の方、頂上とはいかないだろう。
それから、岩だがどのくらいのサイズなのだろう。
――――と。
「色様」
後ろから声。白い車が停車し、見知った男たちが寄ってきた。
「なんか知らないが、俺は戻らない」
昔から、たまにやってきた『何か』。
俺のことを知っているみたいだが俺には関係がない。四人、似たようなスーツの人たちがじりじりと向かってくる。
(だって、あんなの聞いたら笑うだろ、医者じゃなくても)
俺は特異能力科の、特例だ。でも細かいことは言いたくない。
「あなたがたが、何を調べているかは、だいたい見当がついている」
一人、目の前に出て、はははと笑う。
俺はじっと彼を見つめる。指先だけ、後ろでくいくい動かす。さっと橋引が彼の足を払う。
転んだ彼の上に、かいせが乗って、手のひらを背中に当てた。
「じゃ。教えてよ、おにいさん?」
意外と早く片が付いたことや、場所の状態からして、念力は必要なさそうだったことなどから、橋引は帰る許可を出され、先に帰っていった。
しばらく書類を書かされたり報告があった後、俺とかいせは、バスに乗り込む。空は暗くなっていた。
あとは帰宅すればいい。
「誰がそばに居たのかは、まだわからずじまいだな」
「そうだね。遺骨が掘り出されたら、まだ、少し進展するかもしれないけれど、それは俺らの仕事ではない。だが、在りそうだということだけはわかった」
さきほど、器用に逃げ出して物陰に隠れた運転手が、黙々とハンドルを握るのをミラー越しに見ながら、またぼんやりする。
さきほどの客は今回の件ではなくて、昔の件について用があったらしい。一人がそう言っていた。そして、俺らの会話を車から盗聴していた、と。あちこちの点検を怠らないようにしなくては。
「なぁ、色」
「なんだ」
「……恋って、ショッピングみたいなものだと、お前は思ってるんだな」
「している自分が、楽しいだけなんだよ。
品物なんか、やがて飽きる。ならんでいるからきれいに見える、それだけなんだ。そして買ったからには好き勝手にしたい。そういうものだ。だから、俺はよく、そういうのに捕まって、もう、嫌なんだ。
好きって、言うことをきかせることなのか?」
だったら、関係なんか要らない。
「あきない。なあ、こっちを見てよ」
「……」
「おーい」
なんだか、眠たい。
「好きだよ」
「だから?」
うとうとしながら、優しい声を聞く。
「好きだから、なに」
「信用出来ないのは、なぜだ? 信用してほしくて言ってる」
口だけで、ぱくぱくと話す。声を出す気力はもうなかった。
信用しなければ裏切られても、好きでいられる――――
誰かのお人形さんは、もう沢山なんだよ、カイセ。
なのに、お人形さんだった頃の癖が抜けない。
誰に何を、どう言われても、にこにこしていられるように。
俺は、なんでも受け入れなくちゃならないと、それが、愛なのだと。
それは間違いだと。
どちらも思っていて。
「 なんだよ、」
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きろくする