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8. CAF invoice [ 21/125 ]

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その日は、曇っていたり、晴れたりと、安定しない天気だった。
しばらく新幹線や飛行機に乗って、目的地に向かった。

今は、レンタルした車の中。


「俺。寂しい」

 がたがたする座席を気にしないようにしながら、言うと、かいせは、そうなの? と笑った。
しばらく続いているこの状態の中、任務が始まるわけで。

車のなかでひっつきまくっていると、橋引が、呆れた顔でちらりとこちらをみた。うん。覚えてるよ。

「色ちゃん、あんたさー」
「うん」

 かいせのさらに奥に居る彼女は、やけに気だるげ。ピンクの携帯を操作したり、リップのつき具合を確認したり。

「そういう、キスとかはするのよね」

「かいせは、俺みたいなものだから」

「なにその理論」

「あぁ、俺は、こいつみたいなものだしな」

「だからなにその理論」

うまく言えない。
ただの友達にもしない。 恋人なのかはわからない。そういう感じ。
落ち着く。
好き、と恋は、違う気がする。なにが違うかわからないけど。

 窓の外は、うんざりするような快晴だ。

「ねぇ」

三人並んで、後部座席。一番左側にいる俺が、ぐいっとシャツを掴むと、彼は少したじろぐ。
かみかみと、首筋をかじっていると「ちょ、痛いからやめよ?」と声がかかる。
「……」
くーん、と甘えた子犬のようにしょんぼりしてみるが、効果はない。

「急にどうしちゃったの、色ちゃん」

「調子が悪いとき、まれに起きる、記憶退行らしいよ」

「なにそれ」

「昔の自分の夢に、引きずられてるあいだ、記憶が錯乱してるんだとさ」

「他人事ね、あんたは」

「……前もあった」

「前って」

「昔、桜の木の葉に埋もれた死亡者の調査をした。ある人が亡くなった場所に植えられているものらしく、すこし曰く付きだ。その下見に行ったあとのあいつ、少ししてからこうなった」

 二人はなにか難しい話をしているが、俺はよくわからない。
かいせは、優しい。
ぴとっとくっついていると、眠くなってくる。

「頭や力を使うと、反動でなにかが不足するのかもしれない。そして、一気に負荷がかかったあいつはしばらく、誰からも距離をおき、寄り付かなかったんだ」

「それで」

「帰ったら、吐いてるか、ずっと泣いていた。
落ち込んでいるとかじゃない、そんなものではない。
世界そのもの、人そのものに、酷く恐怖を感じていたみたいに。
あいつ、わけがわからなくなって、何もわからなくなってたんだ。

仕事を受けるのをいやがるのだって負荷がかかりすぎると、不安定になりすぎて、自我をまともに保てなくなるからなんだろう」

「そう……」

「事件のあとは同僚が何人もお見舞いに来たよ。

けどさ、そのときのあいつの状態、実はすでに元気になるとかならないの次元じゃなかったんだ。人間そのものを怖がっていたみたいに。
好奇心も好意も、なにもかもが、もはや怯える対象でしかないといった感じで、
テレビも音楽も全部耳塞いで、部屋のすみっこで震えていた」

「あんたは、なにもしなかったわけ」

「俺に出来たのは、怯えるあいつに、無理にでも食べさせて、いやがっても眠らせることだけ」

「どうして、そこまで、不安定になるのかしら」

「あいつは、愛情も、嫌悪も、正確に区別出来ない。いや、傷付けばいいのか、喜んでいいのか、判断することさえすでに放棄しているのかな」

「何を受け取っても、不安にしかならなかったのね、でもそれって――」

「悪い、アレだけは、お前にも言えない。
俺も気分がよくない。
昔かなりひどく、人間不信に陥ったことは確かだ。世界も他人も、なにもかもが、異質にしか見えない、そんな恐怖のなかに居た」

「かいせ」

くい、とシャツを引っ張る。
じーっと見つめていると、なんでもないよと言われた。
まあ、なんでもないならいいか。つまらないから、家から持ってきた知恵の輪を取り出して、かちゃかちゃとやる。
数秒で終わって、つまらなくてまた組み立てる。
「お、楽しい、それ?」

無視。
楽しいとか楽しくないとかじゃない。ただ暇だから。
俺は、機嫌が悪いときと、答える言葉が見つからないと黙るらしい。
今回は後者だ。

楽しいかと聞かれても、楽しいかどうかさえ考えてなかった。

「あら、無視ですか」

不満そうに言われる。
でも、なんて言えばいいのかがわからないので、首を傾げる。

「ちぇー」

とかいってすねだしたので、黙って知恵の輪を差し出した。楽しいかどうかくらいやればわかるだろ。

「俺にやれと。できっかな?」

ぼんやり、窓を見る。
青い。
空は、いつも、なにか懐かしくさせる。
懐かしい。

『お前、居場所が無いのか』

彼はあの日言った。
俺は何て答えただろう。いや、たぶんなにも言わなかった。
あるのが当たり前だともないのが当たり前だとも思っていない。


そんなのさ、

誰も知らないなら、

「俺――」

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