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7.ambulance [ 18/124 ]


「だ……いや、いやだ、やめてください」

もがいていると、腕をつかまれ、無理矢理起こされる。

「大丈夫、大丈夫だから。な?」

「来ない、で」

わけがわからなくなり、暴れていたが、やがて疲れて布団に潜って、ふと気がつく。

「え。今何時」

「昼の12時ー。仮眠ですよー活動は夜中」

「……そうだっけ」

「寝起きは幼くてかわいいのにな」

はぁ、とため息をつかれて首をかしげる。

「かいせ」

「いきなりどうしたの」

「そういや、かいせの名前、絹良だよね。きぬら」

「ああ」

「そっちで呼んでいーい?」
「いいけど」

「呼ばないけど」

「俺で遊んでる?」

「いちゃいちゃ、しよ?」
「はぁ……」

口付けられながら、何かを思いだしかけて、慌てて頭から掻き消す。
だめだ、だめだ、だめだ。
「寂しいな」

べたっと肩に乗りながら甘えてみる。
かいせは、クスクスと笑っていた。

「お前さ」

「んー?」

「悪夢で、寝れない日が続いてるんだな」

「最近はマシだよ」

失ったものばかりだった。
だけど、代わりに得たものがある。俺の話を信じてくれた、あの場所、それから彼だ。
まるで運命みたい。
彼も『それ』だなんて。


「俺を頼ったりしないのか?」

「んー。だからほら。甘やかして欲しい」

「そういう、一時しのぎの話じゃなくてだな……」

「かいせは自分の仕事しててよ。頑張ってるなあと思いながら、俺は見てるからさ」

「最近、目、合わせてくれないけど?」

「それは。ほら。他人と目を合わせるの苦手なんだ。むずむずして。鏡見るときも、たまにむずむずする。あと、お前寝顔とかたまに撮ってるだろ」

「……バレてる?」

「俺にはくれないのに、不公平」

「お前は、案外公平にこだわるよね」



呆れているかいせを見ながら、確かにそうだなと思う。
 中立。公平。争わない。兄と弟のために、なるべく喧嘩は避けていた。間に入ったりもした。
クラスの喧嘩も、まあ滅多にないが、たまに止めたりした。
なぜなのかは、よくわからない。
まあ、それが、必ずいいこととは、微塵も思わないわけだが。

「俺には撮らせてくれないのか」
「口調が戻った」

チッ、と惜しむようにされる。しかし返答はない。嫌だっていうのだろうか。目をそらされた。

「そうやって、お前ばかり……」

じとっと睨んでみる。
効果は、いまひとつ。
かいせは、はははと笑った。
無視して台所に向かう。
「なになに、すねた?」

「なにか食べる」

「おい、怒るなよ」

コーンフレークをざかざかと皿に盛り付け、牛乳に浸しながら、じろりとにらむ。
そいつは、曖昧な笑顔を浮かべていた。

俺は機嫌が悪くなると、とりあえず外に出るか、違うことをしてるかだ。わざわざそれを遮ってきて、機嫌をとろうとされる。

不思議だ。
そんなに必死になる必要がわからない。
今が不機嫌でも、それが数時間後は直るだろう、とかそんな発想が無いかのように。

現在、を繋ぎ止めたがるみたいなそれを感じるたびに、ああ、この人の『寂しさ』の根幹のひとつなんだと思った。
まるで余裕がない。
なんだか面白い。

くす、と笑うと「あ、笑った」と言われる。
何を笑ったかは、わからないだろう。

「ほれ」

あーん、と、コーンフレークをのせたスプーンを彼のあんぐりした口に突っ込む。

「……」

さく、さく、とそれを飲み下すのを見て、俺も自分で食べる。

「もっとちょーだい」

なんとなく、箱をそのまま渡した。

「へいへい」

彼はだまって箱から自分のぶんを、皿にのせている。

はあ、なんだか疲れる。いったい何に疲れるんだろうか。わからない。
疲れることばかりな気さえする。
不満を解消できてない。
もやもやしたまま、コーンフレークを口に投げ込むように食べる。
つめたくて、甘い。
つめたくて、甘い。
甘くて、甘い。

もぐもぐと口を動かしているうちに、また眠気がやってきた。
なんとなく、安心した。

『現実は、此処だ』
――とでも、もしかしたら、思ったのだろうか。
どこに、真実があるかは、いつだって、わからないのに。


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