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6.rescue point [ 17/125 ]
――残念だったな。
と、台所に向かいながら思った。
色が俺に触れたおかげさまで、やつが何を考えているのかは把握済みだ。
藍鶴色は、不思議なやつで最初に会ったときも俺に個人的に復讐する気があるみたいだったが、どうせ全て筒抜けなのだし、こちらも潰すのも容易いわけで。
つまり、なんの意味もない。
俺も、たまに千里眼をつかうとそういう目に合う。そういう、とは、逆に疑念を持たせてしまうっていうやつだ。
だからこそ、おれたちのつかう回線自体が、特殊だったりするのだった。
そう――電力ではなく、念のようなもの。
目に見えない、なにか。だから、出回りようが無いわけだ。
あの会社には、その念を拾いやすい人しかいないわけで、無線は言わば業界用語。『普通をやってます』っていうカムフラージュ。普通、でいなければいざというときに怪しまれる。
例えば今だって藍鶴色は、おやつにエクレアを食べるか考えているのがわかるわけだが、それを告げたら不審者扱いされるので、はっきりとした話はできず、とおまわしに、おやついいなー、と言うのがせいぜいだ。
ま、今のご時世が監視社会なのだからガチのストーカーと混同されやすいのは仕方がないだろうけれど。
強さに憧れたのではないか、と聞いた。
彼は首を横に振った。
「俺が殴られなければ、あの人は、俺に謝る必要がなかったんだ。だから、殴られたくない」
思考回路が。
理解できず、一瞬固まった俺に、そいつは言った。
「すごく小さなときさ。
大事に大事にされていたらしいんだよ。
かわいいねと、きみはずっとここに居ていいよ。かわいいきみの顔に、傷なんか付けられない。
そんな毎日が――退屈だったんだろうな。幸せ、だっただろう。
可愛い顔に傷を付けられないって言葉に、嫌気がさして。
自分でやってやるよって。俺は自分を傷つけるためだけに生きてた」
痛みを。
痛みを。
痛みを。
「そ、れは……」
「お前も、わかるだろう?愛されていても、ちっとも寂しさは埋まらないし、守られてぬくぬくと甘えていたって、つまらない。
独占欲が強くてな。誰も傷をつけない俺に、俺は沢山傷つけて、周りの過保護を裏切って、俺は俺だけのものなんだから、傷くらいつけさせろ、って。
俺が、俺に傷を付ける。するとなぜか、たまりにたまったイライラが飛んでいく――周りが大事にしているものを、自分で破壊する。いい気分だった。
飼われているくらいなら、意思を持って自分を切り、血を流す」
普通だったら『俺は愛されてるんだ』という優越感やら幸せに浸る、そんな場面なのに。
壊してやりたいとしか思わない。
ふざけるなとしか、思わない。
俺に大事にするほどの価値があるか?
そう言って彼は拳を握った。
「好きな人に殺されるの、憧れなんだ――かいせが殺しに来るなら、いつでもいいよ」
「俺は、そんなことしない」
「そう? 恨みとかないの、俺に」
「好きだ」
「そう……」
俺が自傷行為をやめさせているからなのかテーブルに向かうと、藍鶴色は、フォークやらナイフやらで、自分の皮膚を突き刺して遊んでいた。
「あはははっ、あははっ」
なんか、笑っている。
「こらこら」
急いでナイフとフォークを取り上げると、そいつは、ふえ、と泣きそうな目をした。
「そういうことしちゃいけません」
「……なぜ」
「痛いでしょ?」
「自分でやるから痛くないよ。そうだとしても、かいせは痛くないんだから、大丈夫だよ」
こいつ、なぜ俺を気遣う。
「かいせは見るのが怖いんだよね? 平気平気。だって自分でやるだけだもん」
橋引は我関せずって感じに、向かいの席でコーヒーをすする。
「よくある話じゃない。
寂しさを埋めるために、痛みを欲しがるのはー」
とか言って笑っている。
「いや、でもさ!」
「本人は、自分を憎んでる。壊れてるのよ。あの子は。怒られたり、痛かったり、そういうのが足りないまま育って、自分で補ってる。立派じゃない。自分がしゃべるのさえ、好きじゃないのかもね。自分の一挙一動に、イライラするの。わかるわ、私もたまにある」
「お前ら、なんでそんなに自分を追い込むような、ハードな生き方を」
「追い込まなきゃ、歯止めが利かないからに決まってる」
彼女、がキッと鋭い目つきをした。普段は温厚そうなのに、ときどきやけに、こんな風になる。
「歯止め?」
「彼は、不安がひどいのよ。それも、尋常ではないレベルで」
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きろくする