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3.aimed at precision [ 5/124 ]

なんだよ、それ。

「お前はどうしたら、俺を見てくれるんだ?」

「わかんないよ」

こういうとき。
わかり合えないと思う。見えないけど、確かにある、薄い薄い壁。

「特別だって、言えよ」

「特別だよ、そりゃ。でも、何が好きなのか、よくわからない」

「誰とでも、こういうこと、するのか?」

「かいせ、だから、だよ」
「それは特別ではないのか?」

「そっくりな人が現れたらわからないじゃん」

「現れません」

ああ、そうか。他人のこと以上に、自分の感情が判断出来ていない。

「わかんないよー?」

楽しそうに、そう言い、太ももに顎を乗せてくる。猫か何かみたいだ。

「あー、でもね。かいせとか、はしびきみたいな人がいいなー」

はしびきは、滅多に出勤しない女子社員だ。
橋引。
念力を使うのだけど、消費体力が大きいみたいだから、あまり呼べない。
「ほら、俺らの孤独って、少し特殊だから。
似たような誰かが居てやっと埋まると思うんだよね。だから、そういうのわかってくれる人がいいや」
「なにそれ、あいつでもいいわけ?」
「かいせが好きじゃん」

「はぁ」

ため息を吐く。

「俺はお前が好きだけどな」
「ん……」

伝わる気配は、無い。
しばらく固まり、次に首を傾げ、ぎゅっとしがみつかれたというだけ。

よくわからないけど、とりあえず、警戒はされてないっぽい。

「むずかしー、すきとかきらいとか、わけがわからない。俺はただ、ぎゅってして欲しい」

「……はいはい」

抱き上げると、満足そうに胸に顔を埋めた。

「分からない。極端だ、好きじゃなくなったら、捨てる?」

「好きじゃなくならないから、大丈夫」

「二つしか、選択できないみたいで、怖い。俺を置いてく? ひどいことする? 要は、利用して、いらなくなる、どちらか?」

「話を、きーけー!」

両頬を掴み、顔を合わせる。きょと、としていた。
「いいか、そういうやつはな、そもそもお前をそんなに好きじゃなかったんだ。理想を描いてただけで、それが違ってたことを相手のせいにするだけ」
「……?」

「まあいいや。俺は、そんなことはしないから」

「信じておくよ。今はね」
背中に手が回る。ぎゅっとされている辺りは、一応の信頼はあるのかないのか。よくわからない。
「好きって言え」

「大好き」

俯いているそいつの耳元にささやいてやると、かぁっと耳が赤くなった。予想外だったらしい。

「……っ!」

ばし、と背中をたたかれた。

「ちょっ、いたいいたい」
照れているのか黙ってもたれかかってくる。
こっそりと目を閉じて集中し、そいつの感情を読み取ってみた。

温かい、きらきらした、寂しい、苦しい、嬉しい、柔らかい、眠い。

ごちゃごちゃ散らばっている。どれも本当のことではあるが、断片的だ。総合的に自分がどうなのかはわからないっぽかった。
なんだか、パソコンのデフラグみたいだ。


ただ、俺が抱き止めたり好きだと言ったりすれば、なんだか甘えたくなる仕組みみたいだ。
そんな場面のときのそいつの記憶が沢山、浮かんできた。

「勝手に見るな」

足を踏まれた。
気付かれたらしい。

「いたーい」

「寂しいときにだけ、利用してるみたいで、癪」

「すればいい。いつでも、俺は、嬉しい」

「……んっ」

口付けられてそのまま押し倒され、だんだんとシャツのボタンを外されていく。

「するの?」

「声が聞きたい。困ったような声」


また、ピンポンと鳴った。


 俺たちは人数自体が少ないから、そうでない他人との必要以上の関わりは避けなければならない、とは言わなくとも、あまり関わると後悔するときがある。

「そんなやつがいるなんて思わないから、しょうがないじゃない」

抉るような、強い言葉。言い訳にしても圧倒的なそれに少数派が太刀打ちするのは、難しい。

だから、争わないためにも自分を出すのは最低限でなくてはならないのだが、それはそれで面倒なことも起きてしまうのだった。
――どうせ事実を知れば後悔するくせに。

根掘り葉掘り聞いてくるやつも居て、結果的に後味を悪くする。
ああ、苛々する。

 そういうのを、ずかずかと聞くのは失礼なことなのだという認識は、残念ながら現代にも未だ、根付かない。

「ねぇ。そーいうのを人に聞くときはさ。自分からって言葉が、あると思うけど」

藍鶴色ならそう言うだろう。
 話すに見合うだけの、重く悲惨な話を持って来い、ただしお前自身のだ。
無いなら受け止める程の許容量は無いだろうからやめておくよ。

笑顔でそう言うだろう。
重いというのはつまり、受け止めるだけの余裕が無い、そんな人間に話してもなんの役にも立ちはしないと思う。

平気で、そう言うだろう。それが、彼の『甘えている』であり、『頼っている』だということは、俺くらいにしかわからないだろうけれど。




 俺はいわゆるサイコメトラーに近いものがあるのだが、それを秘密にして会社に勤めていた。
だが、ある日、それが原因の疑いをかけられてしまった。

生きているだけなのに、理不尽なものだ。

自分のわからないことやできないことが、他人にもそうであると思いたがる人の多いこと。

書類の山を片付けながら、俺は唇を尖らせる。今の会社は、不満だらけだが、ひとつだけいいことがある。
この忌々しい知覚を、隠さなくていいということだ。

「しっかし契約書関係の書類、厚すぎ!」

ぱらぱらとページをめくり、間違いなどを照らし合わせる。
事務作業の手伝い。



夕方、柳時さんが、ショートケーキとともに訪ねてきて、これを任されたのだった。
調査に出掛けるらしい。
「ねー、色ぉ」

「やかましい、働け」

「つーめーたーいー」

「ケーキ分の労働をしなければ」

「うー、優しくしてよー」
だらだらと唸っていたら、藍鶴が近づいてきた。そして、額にちゅっと口付けてから、さっさとしろ、と言った。

「はい……」

可愛い、と言うと殺されるので言わないが。

(優しさが染みるっ)

どうしよう、幸せ。


事務作業を終えてから、少しだらだらした。

「ねー、色ぉ……」

「死ね」

「俺何もしてないよ!?」

資料をまとめて机に置き回転椅子に腰かける。
その横にいるそいつは、背もたれにもたれてくる。
「……なあ」
ふと。
藍鶴はいう。

「なんだ?」

「俺らは人間なのかな」
当たり前のことを、あえて確認しなければならないほどに。
そいつは。

「当たり前だ」

「そうだよ、ね……」

何か見たり聞いたのだろうか。
「人間だよね。こんな体でも、人間、だよね」

プライドとかそんなんじゃなくて純粋に疑問なのだ。疑問で、それだけだった。
「俺らくらいしか、いないの、かな」

「どこかには、居るさ。きっとな」

「俺、傷つくのって苦手なんだよね。つい笑っちゃって、おかしくなって苦しくて、泣けなくて」

「どうかしたのか?」

そいつは首を横に振った。話したくないならいい、と、そっと手を掴む。断片的な感情がごちゃごちゃしている。

「会わなければ、ここにいなければ、何も伝わらないんだから、結局は残しておきたいのかもね」
寂しそうに、そいつは言う。
「あ、ごめん――記憶、勝手に読んでしまって」
「わかっているのに。わかってるのに……! わからないよ、自分が」

ばさ、と舞った資料に書かれているのは、未解決事件たちだ。それから。 俺らのような人たちの研究書類だ。合ってるんだか違うのだかわからないような、曖昧なそれらは、まるで。

「放っておいてももらえない……、望む言葉なんて、どこにも、無いのに。どこにも無いもの、を、なんで!」

「どこにも無いから、作ろうって、言ったよな?」

じわ、とそいつの目から涙が滲んでくる。

「どこにも無くても、俺らが生きていれば誰かの希望になるかもしれない。そう、言ったよな?」
抱きついてきたそいつを抱き締める。あたたかい。
「俺……」

「わかってる」

「人間だよ。血が通ってて、どこにでも、居る」
けれど圧倒的に少ない。間の当たりにすると、やはり、衝撃は大きいだろう。まるで、異常者の証みたいで。

「こんなの、読みたくない」

拾い直しながらそいつは言う。

「いや……研究者は、関係ない。ただ、俺が」

そう言って、しゃがみこんでしまう。わかっている。余計に寂しさが増すということなのだろう。
「見たくないと言うほど、俺らが生きるほど、増えていく。
どうしていいか、わからない。

こんな葛藤さえ興味の対象か? そんなに、面白いのかよ!」

「色っ……」

額をさわる。熱い。

「少し休め」

昔から、熱があると怒りっぽくなる。けれど別に本心じゃないだろう。

「かいせまで、俺を見捨てたぁ……」

泣けないから、中途半端な顔で、笑い出すそいつを、また抱き締める。

「よしよし、少し寝ような?」

「やだあ……」

「添い寝する?」

そいつは数秒考えてから、抱きついてくる。

「何が望み?」

「ひとりにしないで」

「放っておいてほしいのに?」

「……うん。話しかけないで」

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