【名前変換】
(夢主は幼女!)
「石田、邪魔するぞ」
「まぁ空気が重い。凶王さんのいらっしゃる大阪城って、相変わらずドンヨリしてますねっ」
主君を失った石田三成の心を映し出しているかのように城一帯は鬱屈な雰囲気であった。城門を守る兵の顔は真昼の下なのにまるで生気がない。
そこを抜けて、とある二人の女性がおのおのの歩幅で目的地へ突っ切っていた。一人は背筋を伸ばして淡々と歩みを進め、一人は見世物に目移りしてははしゃぐ無邪気な子供のように。
「孫市は定期報告のため馳せ参じるのは当然として、なぜ女巫までついて来た」
雑賀孫市と伊予の鶴姫が城の最奥で三成と、軍師の大谷吉継に面会を果たしたのはそれからすぐのこと。少女の客人を見て三成はすぐに吉継に視線を送ったが、彼は包帯と仮面の上からそっと顎に触れるだけで何も言わない。
知らぬ存ぜぬを訴えているのか、そうした振りだけ通しているのか。信頼を置いた者へ疑うことの知らない三成でなければ疑心暗鬼に陥りかねない一間である。今回はすぐに孫市の口から事情が聞けた。
「石田の愛でている子供の話をしたら是非ひと目見たいと言ってな」
「子供ではない、私の妻だ」
「凶王さん、本当にその子が大好きなんですねー!」
「妻だと言っている」
「じゃあその幼妻さんに会わせてくださいよ」
「断る」
「そのお断りを、お断り返しします」
吉継がかすれた声でくつくつと失笑する。妻だと頑なに言い張る三成と、冷たい態度など一向に気にせずただ会いたいと強情な鶴姫。二人の姿が彼のにごった眼には面白おかしく映ったのだ。
久しく会えていないことを理由に孫市も、鶴姫よりはそれなりに下手にでた言葉で三成へ頼みこむ。だが「貴様は以ての外だ孫市!」と余計に三成の機嫌を悪くさせてしまった。――上機嫌な三成などまず在り得ないが、と吉継は胸の内で笑った。
「もぉーっ。みつなり様、おねーちゃんが来たら呼んでって言ってるのに!」
「こらお前! 出ていかないと指切りしただろうが」
にぎやかな気配につられてか、例の子供が駆け足で部屋に転がり込んでくる。待ちかねていた鶴姫は手を叩いてこれを歓迎したが、一番激しい感情をあらわにしたのは三成であった。三成がこの子供を今日の客人に会わせないよう事前に手配していたのは吉継を含めた城の者はみな知っていた。
それを無視するかたちでイフが客人相手に自己紹介をしているのは、仕掛け人が無様に失敗したためであろう。大方、イフの小さなワガママを許してしまったためにぼろが出たのだ。子供の後を追って姿を現した仕掛け人――黒田官兵衛の血の気の引いていく顔を見て三成はこめかみに青筋を浮かべ、吉継がさも楽しそうに目を細めた。
「わたし孫市おねーちゃんみたいに、つよーい人になりたいの!」
「お前はどうしてそう余計な感化を受ける…。私の妻に武の知識など不要だ」
「カッコいいですよね、孫市姉さま!」
「余計な口を挟むな女巫!」
「…ふむ。理由はだいたいわかった」
憧れている孫市とあまり長く付き合いがあると、女性を磨く稽古に励むよりも自分を鍛えたがる考えに走るかもわからない。孫市はそう推測し、ひとり頷く。その呟きはおそらく正しいだろうと吉継は彼女の考えに見当をつけ特に何も言わなかった。
ともに孫市を慕う者同士として、初対面ながらすっかり打ち解けた鶴姫とイフ。鈴なりの声に和んだ雰囲気でいっぱいになるかと思いきや、三成は今にも斬りかからんばかりの殺気を官兵衛に向けている。
ごくごく一部に向けられた怒りを受けて官兵衛は「へいへい」と肩を落としてみせた。だが先ほどより恐怖している様子はない。これからどう転んでも後で懲罰を受けるとわかっている、こういう時にこの男は手っ取り早くあきらめ、肝を据えているのだ。
「ほら、お前さんがここにいると面倒なんだよ」
「くらのくせに何よ。ざんめつ!」
「あだだだ腕をつねるな腕を! 地味に爪も立てるな!」
「なんてこと、まだお話の途中です!」
据えたついでにイフに小言をいいながら退室しようとしたのだろう。意思も聞かず連れ出す官兵衛の腕を子供の力ながら全力でずる賢く攻撃した。誰かがよく使う言葉を口にして。
少々乱暴な様子を三成は止めるのだろうかと孫市が見れば、彼はむしろ当人の失策が原因であるからと関わろうともしなかった。むしろ権威をふるうさまは同じ家の者として大変誇らしいと朴念仁の表情が語っていた。夫がこれでは孫市が関わる関わらないはもはや問題ではない気がして、彼女はついため息を漏らした。
「誰の感化による影響が強いは一目瞭然だがな」
「よく聞こえなかったが、何か言ったか孫市」
「なかなか似合いの夫婦じゃないか、とな」
「当たり前だ。いちいち声にする意味などない」
孫市が褒めても苛立った顔に変化はなかったが、決して喉の奥に隠した言葉に気付いたためではないだろう。二人の会話はそこで途切れた。
はしゃぎ声に意識が向いて、彼女が見やれば官兵衛の後ろ姿のすぐ横にイフの小さな背中があった。「さみしくないでしょ」なんてませた声に官兵衛は気のない返事、枷に繋がれた手を握ってきてもされるがままであった。さすがに三成や吉継までは心根は歪んでいないらしい。
二人に手を振って見送る鶴姫はもちろん、黙って視線だけを向ける三成、吉継もこの時は人の子らしい眼差しであった、と孫市はそう感じ取った。
(企画参加:お嬢さん)