3/5 声も震えている。海にトラウマがあるのかと彼は思った。何だか勿体無い気がした。綺麗だと感じているのに触れられないなんて。 彼はズボンと裾をまくり、海に触った。色鮮やかな魚が逃げていく。 「私のお兄ちゃん、津波にさらわれたの」 紫音が膝を抱えたまま静かに口を開いた。卓斗は黙って彼女の言葉を聞き入る。 「昔、波打ち際でお兄ちゃんと一緒に遊んでいたの。そしたら突然大きな波が私達を襲ってきて……。 あっという間にお兄ちゃんがいなくなった。……その時、私は奇跡的に助かった。私が9歳だった頃の話」 「見た目からして‥‥、6・7年前ぐらいか」 「うん。……未だにお兄ちゃんは見付かってないの」 「そうか」 余程怖かったのだろうと思った。そしてもう一度、頑張って海に触れようとしている。 凄いな。俺だったらそんな勇気持てないだろうな……。 卓斗は陸に上がった。濡れた手足は自然乾燥だ。 「だったら俺が、お前をもう一度海に触れさせてやるよ」 「……神谷君だっけ。出来るの?そんなこと」 「分からない──が、ここまで来れたのならあと少しで海に触れられるんじゃないのか?」 「そうだといいな」 紫音は微かに微笑んで立ち上がり、その場を去ろうとした。 卓斗が慌てて声をかける。 「お、おい!何だその言い種は!?」 「また、来るから」 卓斗の方に振り向き彼女は目を細めた。 > [しおりを挟む] [mokuji] |