何気ない日常から



ヤバい。
そう思った時にはもう遅くて、派手な音を立ててガラスの破片が床上に散らばった。


「失礼致しました――――」


平常を装い、すぐさまガラスの片付けに入る。お客たちは何事もなかったように、再び会話を始めた。

イヤな予感はしていた。
そろそろ体の疲れがピークではないのかと。無理に働くんじゃなかったと今更後悔しても、遅い。


「大丈夫?」


ガラスを箒で集めていると、伊堂寺さんがモップを持ってきて零れた水を拭いてくれた。

伊堂寺さんは同期のバイト仲間。年齢が近いこともあって、よく話す。ミスをしてもすぐに助けてくれて、本当に優しい。


「ありがとうございます。私は大丈夫です。あとは私がやるので、ホールの方をお願いします」

「ん、分かった」


伊堂寺さんのホール姿はいつ見てもカッコイイ。少しでも、伊堂寺さんと長くいたいと思って少し無理をしたのがいけなかった。

これ以上、伊堂寺さんに迷惑かけたくないし、今日はこれで先に上がろう。

一通り散らばったガラスを集め終わって、丈夫な袋に入れてまとめた。何より、お客さんに怪我がなくて良かった。そんなことを思いながら、店長の所へ行く。


「珍しいな、お前が何かを割るなんて」

「はい‥‥、ちょっと疲れが溜っているみたいです。今日はこれで上がります」

「おー。ゆっくり休めよ、お疲れさん」

「お疲れさまです」


タイムカードを押して、店長に会釈をして控室に向かう。
すると、控室からちょうど伊堂寺さんが出てきた。


「お疲れさま」


ニコッと微笑み、私の頭をぽんぽんと撫でて仕事に戻っていった。
しばらくそこから動けなくて、胸からキュンと切ない音がした。




何気ない日常から
(気付けばほら、)




20110514