今はまだこのままでいたいから


「あーあ。何で気付かなかったんだろ」


誰もいない屋上に一人、ぽつりと呟く。由亜は知ってしまった真実に、少しショックを受けていた。

一年。由亜は健吾に出会っていない。同じクラスではなかったから、出会うきっかけがなかった。その一年の時に健吾の彼女──冬屋里夜という子と同じクラスだったらしい。

由亜が健吾と出会う前から、二人は付き合っていた。そこに入り込むスペースは全くもってなかったということだ。
だったら、少しぐらい付き合っている素振りを見せてもいいのに。

そうすれば、こんな想いはしなくて済んだのに。そもそも、その子のどこがいいのよと思い始めてハッとした。
──妬んでる?

里夜は由亜と違って仕切るタイプではない。それに、自ら目立つようなタイプでもない。けれど、特定の男子とは仲が良い。

一方、由亜はクラスの室長をやるような正義感が強いタイプ。少々口が悪いが、女友達が多い。

正反対の二人。だからこそ、羨ましくとも思い、妬ましくとも思っていたのだろう。
思わずふっと自嘲する。らしくもない。誰もいない屋上で、こんなことを思っているのはどうかしている。

地面に置いていた冷めた缶コーヒーに口をつけた。今の気持ちに近いほろ苦さ。紅茶ではなくコーヒーっていうところが、自分らしいところ。


「峰岸っ!こんな所にいた……っ」

「浩輝。私に何か用?」


ごく自然に、突如屋上に現れた少年の下の名前を呼べば、顔を赤くする。由亜はそれに気付かないふりをする。


「あ、いや、その、宿題見せてほしいなぁ…と思って」

「クラス違うでしょ。もうちょっとマシな嘘つけれないの?」


こんな性格だから、男友達は少ないのかもしれない。由亜はそう思いながら、その少年の傍へ歩いていった。





今はまだ
このままでいたいから

(私は気付かないふりをする)