君が奏でた旋律


スタジオで一人、ドラムを叩いていた。妙に虚しく聴こえる音色が、どこか自分の心を表していた。何が悲しいのか。悲しみなど、感じてはならない。この気持ちは永遠に封印するのだと、決意したのだ。

コツ、コツ、と靴の音が廊下から聞こえる。間もなく、このスタジオの扉が静かに開かれた。


「何だ、夕貴か」


控え目に笑って慶馬が歩いてくる。近頃の慶馬は本当に幸せそうだ。彼の声には艶が生まれ、容姿だけでなく声にも惚れ惚れする。

友人である夕貴は彼の成長はとても喜ばしいことなのだが、素直に喜べないでいた。


「愛していると言えない、切ない気持ち。果てしないこの青空と共に──」


慶馬が囁くように唄い出す。まさに今の気持ちと言ってもいい歌詞に、思わず胸を打った。

涙を必死で堪えようとしているところに、慶馬が顔を覗き込んできた。咄嗟のことに、夕貴は顔を隠すことを忘れた。


「どうした?夕貴がそんな表情するなんて、珍しいな」

「あ、あぁ……」


それから二人は黙り込み、沈黙の空気が流れた。最初に沈黙を破ったのは慶馬で、卓斗が置いていったと思われるギターを弾き始めた。

慶馬が弾くメロディーは、先程唄った曲のものである。夕貴は、少しだけその曲に合わせてみた。
ギターとドラム。これだけでは音楽は成り立たない。言の葉を入れることによって、魂が宿る。

一通り弾き終わって、夕貴は口を開いた。この際、彼には本当のことを言っておこうと思った。


「俺、萩山さんのことが好きだったんだ」


その言葉を聞いて、慶馬は何て答えれば良いのか困っていた。当然だ。慶馬は鈴の彼氏でもある。夕貴はすぐに笑ってごまかした。


「なんて。そんなこと慶馬に言っても仕方ないよな。ごめん、今の聞かなかったことにして」

「……ごめん」


直ぐ様、謝った慶馬に今度は夕貴が戸惑う。決して慶馬から謝罪を聞きたかった訳ではない。その気持ちを伝えようとする前に、慶馬が続けて言う。


「通りでここ最近、夕貴らしくない音だったのか。鈍感な俺で悪かった。ごめん……、何か謝ることしか出来ない」

「いや、気にしなくていい。慶馬と萩山さん、お似合いだしな」


一番驚いたのは、慶馬が夕貴が奏でるドラムの音を、如何に聞いていてくれたことだ。やはり、ヴォーカルは慶馬が一番だと夕貴は強く思った。


「あのさ、さっきの曲唄ってくれないか?慶馬の歌声で聞きたいんだ」


そう言えば慶馬はああ、と頷いた。ギターを肩に掛けてチューイングする。そして唄い始めた。


愛していると言えない切ない気持ち
果てしないこの青空と共に
消えてしまえばいいのに
涙を堪えないで
ここに僕らがいるから





For:アナトミー
From:箕郷浬