お祝い企画 | ナノ

きゅうっと狭められた緑色の眼。
あれを見ると、俺は何もできなくなる。
それが俺を捉えて俺だけに向けられたらもう、身体中がぞわぞわ震えて仕方がない。

「はい、よろしい!」

にんまりと唇の端っこを持ち上げて、その人は満足げに俺を褒めた。

「ありがとうございます、師匠。」

ししょう、小さい子どもがその意味を理解しようとするようにその人は俺の言葉を声に出して繰り返す。
途端、彼は嬉しそうにはにかむと、いいよいいよと律儀に返してくれた。

「師匠。」
「ん?」
「昼飯、もう食いました?」
「あ。」

くきゅうだかきゅるうだか、とにかく腹が鳴ったようなそんな音がしたのは本当にタイミングが良すぎて、いたたまれなくなってしまったのか師匠はがくりと下を向いてしまった。

「…うん、まだ…。」
「俺もまだなんで、よかったら。」

一緒にどうすか、と含ませた俺の科白に師匠はこくりと頭を揺らす。頷いている。

「…なに食べたい?」

申し訳なさそうな、少しだけ期待したような緑色が俺を下からこっそりと伺う。
答えは用意されている。俺はそれを選ぶ。

けれどこれは俺にとってなんの苦でもないし、むしろそれ以外の選択肢は思い浮かばないから、やっぱり師匠という存在はとても大きいのだなと思う。

俺は師匠の笑った顔が好きだ。だから笑ってもらえると嬉しい。その笑みの意味はなんでもいい。
このひとが口の両端を持ち上げる、眼を細めるという仕草をする。それだけで佐鳥賢という人間の一番の表情は完成するからだ。

佐鳥師匠。俺を選び俺を見ていてくれる。
ただ一人の大切な俺の師匠は、そんな人だ。


「そういえば、」

声に出してから気づく。言葉を止めた俺にどうしたのかと師匠は続きを促すように首を傾げてみせる。

「いや、大丈夫です。」
「そう?」

不思議そうにまた首を傾げた師匠は、大きく口を開けてハンバーガーにかぶりついた。
心の中ですみません、と謝る。
師匠の目の前、いや口の前にはもうハンバーガーが迫っていたのに、俺の言葉でぴたりとそれが進行をやめてしまったのだ。

ちなみに俺が師匠に訊こうとしたのは、嵐山隊のスケジュールについて。
今日は確か、週刊誌か何かのインタビューがあるって聞いてたはずなんだけど。

「仕事ならちゃんと終わらせてきたよー。」
「、あ、そうなんすか。」
「うん。だから苗字は何も気にしなくていいの。」

にゅっと伸びた師匠の手がポテトを二本つまんで、それが口の中に入れられるという瞬間に、俺の視線に気づいた緑色の瞳はまたきゅうっと細くなる。

呆然とした俺に気づいてる。師匠は知ってる。

「…ありがとう、ございます。」
「当たり前でしょ。おれは苗字の師匠なんだから。」

ふふ、とどこか誇らしげにそう言われた。
自分の勘違いかもしれない、でも嬉しかった。

苗字の師匠。俺の師匠。
俺だけが呼ぶことができる佐鳥賢のひとつ。
俺だけが与えられる佐鳥賢のひとつ。

「…そう、すね。」

この人の唯一を奪うことは俺の目標じゃない。
この人の唯一に置いてもらえること、それは今この一時だけに許される特別だ。
その特別に居座り続ける気はさらさらない。自分だけなんておごりたかぶるつもりもない。

「もったいないぐらい、いい師匠っす。」

隠してたつもりはなかったけど、今ようやっと確かにそう思っていたなあと納得する。
だんだんと色付いていく師匠の頬を見つめて俺は、あなたが自らが置いた特別に慣れない姿を見ていられるのは、俺だけでいいじゃないかと思う。



20160131
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