お祝い企画 | ナノ

眠りが覚めたけど、眼は開かなかった。
どうにも重くて体がだるいなあと思った。
そのとき、何やらすぐそばで大きなものが動いているような気がして耳を澄ましてみると、ごそごそと布ずれの音が良く聞こえた。

「悠一さん。」

あ、またか。隣にいるのが誰か分かって、次いで頬に触れる冷たいものは固い指だと悟る。
肌を流れて輪郭を辿る指がこそばゆいなんて言ってられない。おれの体温なんかよりよっぽど冷たい名前の指が、寝たふりをするおれの少しだけ開けた首元を割って進んでいった。

「おはよう。」

その侵入を甘んじて受け入れてやる、わけではない。

髪の毛をゆっくりとすくいあげられて、するんだろうなと未来視でもなんでもなく、ただ漠然とそう思う。

首筋に押し当てられたかさかさのものは、すごく心地がいいように感じて、笑いそうになる肩と表情を必死で抑えた。

まるで何もなかったと言うように背を向けて出て行く名前がみえる。少しくらい名残惜しげにおれを振り返ったりしてくれれば、すぐにでもこたえるのになあと思うおれ。単純すぎるしガラじゃない。

名前がおれを性的な意味で好きだと知ったのはもうずいぶん前の話。
それを利用して、逆にはまり込んでしまったのもけっこう前。おれは名前が好きなんだと思う。

思うなんて煮え切らない言葉を使ってしまうのは、おれ都合よすぎじゃないって一応頭では分かってるからである。

こんな爛れた交際を許す名前に甘え、罪悪感を感じて、後にも引けず前にも進めない。

おれはボーダーの人間で、名前は一般人で大学生。
この時点でお互いに、というか俺に隠しごとがあるのは明白だ。任務や近界民のことは恋人だろうが家族だろうが、教えてはいけないのだから。

出会いだってたくさんあるはずなのに、ほんとにどうしてこんなに名前はおれに付き合うんだろう。
やさしいのかやさしくないのかわからない。
けど確かに、おれにとってこれはやさしさであって欲しくて、それ以上でなくて欲しかったはずだった。

一緒に過ごす時間が長くなるにつれておれははまり込んだけど、名前は逆に戻っているのかもしれない。
未来がみえたわけじゃない。そんな気がするだけ。
名前の目は変わらずに焦げ茶色。けどその目が持っていた熱は今じゃぬるくて、前より見つめ返すのが楽になった。
ぎこちなく触れていた指先は肌に馴染むように滑るようになって、それが心地良く感じる。

起き上がって名前が出て行った扉をぼうっと眺めて、かさかさしたものの感触が残る場所をさする。
疑問は尽きることはないのだ。

これは欲望か。それとも執着か。どっちもか。
おれが寝てると思って名前呼んだりこういうことするんだろうか。
心臓に悪いし、なんか複雑だからやめてほしいなあ。
やっぱりおれがちゃんと起きてるときにしてほしい。

もしかすると、臆病になってるんだろうか。
逃げられるとか、思ってるんだろうか。
あながち間違いでもないけど、…もうおれはおまえから逃げられないんだよね。おれのサイドエフェクトがそういってるし。

落ち着いた足音が聞こえ、扉の前で止まった。
開いた扉から姿を見せた名前はちょっと驚いたような顔をしておれを見つめた。

「起きたんすね、」
「…ん。」

喉を使った短い返事と、口だけの笑い方で今起きましたと装った。
名前も器用に笑って見せて、二度寝はだめっすからと言いながらベットに腰掛けおれと目線を合わせた。

「おはよう。」

二度目のおはようをいただいたので、おれも二度おはようと返してやった。

「ねぼけてます?」

不思議そうにした後、何も知らないみたいに笑った名前に種明かしをしてやりたくなったけど、我慢して抱きつくまでにとどめる。

ごめん名前、もうちょっと待ってね。心の準備、いや整理がつくまで、もうちょっと。



20160403
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