※高校生諏訪
「まあ、そう焦るな。」
俺の手からまだ開けてない箱を取り上げて、あの人はそう言った。そして何か閃いたように、にやーっと笑って口を開く。
「こんなモン吸わなくたってな、諏訪。時がくりゃ嫌でも大人になるんだよ。」
「…笑わねえからな。」
「ぶわははは!そうか!!」
しょうもない駄洒落が好きな人で、でもガンナーとしての腕前は申し分ねえ。年上なのにとっつきやすくて、だから俺はこの人に近付きたかった。
別にタバコを吸っただけで近付けるなんて思ってねえよ。成人したら、吸いてえとは思うけど。その前に、この人が吸う銘柄?ってやつを覚えたかった。それだけだ。
「お前は中身と身体の成長速度がちげぇからそうなんのかもしれねえなあ。変にマセやがって。」
「いや俺高校生だし。」
「俺からすりゃまだ子どもだよ。俺はお前が羨ましいぜ。女の子はいるわ昼休憩あるわ定時帰宅だわ…いいねえ。」
「タバコってうめえの?」
「突然だなオイ。」
「どうなんだよ。」
しみじみ語り出されても面白くもなんともねえから、この人が咥える白い棒のことに話題を無理やり移した。そうすると、苗字さんはばつの悪い顔をする。
「…うまかねえよ、こんなモン。」
「じゃあなんで吸ってんだよ。」
苗字さんが嫌そうな、不機嫌そうな顔になった。
そりゃ臭いだけでもタバコはうまそうには思えねえけど、なんでそんなうまくもねえし身体壊すようなもん吸ってんのかってのは、保健の授業でタバコの危険性を説かれた未成年の俺からしちゃ甚だ疑問なわけだ。学習意欲のある高校生だろ?答えてくれよ。
「言ったら、お前俺に近寄らなくなるだろ。」
「なんでだよ、ならねえよ。」
「苗字さん苗字さんってコガモのように俺の後ろついて回るかわいい諏訪がいなくなるのはいやだから言わん。」
「したことねぇわ!バッカじゃねーの!?」
なんとなく思い当たるところはあったが否定せずにいられなかった。恥ずかしいだろ。
目尻の下がった苗字さんの眼がじとりと俺を見た。というか、苗字さんがこんな顔をするのは珍しい。
気になる。気になって仕方ねえ。
「なあ、なんで?」
そして返ってきた答えを俺は一瞬理解できなかった。
「…口が寂しいんだよ。」
「………、へえ。」
「ほらな!俺のバカ野郎!明日から諏訪がいない生活が始まる!!」
口が寂しい。というのは、なんかどっかで聞いたことあるけど、要するにあれだ、泣いてる赤ん坊がおしゃぶり咥えたら泣き止むやつ。多分。
そんなことがあんのか。大人って大変なんだな。一応理解できて苗字さんを見ると、体育座りして俺のほうに背を向けてやがった。
こんな、いじけたみてえな姿は初めてだ。なんとなくかわいいもののように見えた。何考えてんだろな俺。あっちはいい年した男なのに。
「なあ苗字さん。」
「…なんだよ。」
かちんと苗字さんのほうから聞き慣れたライターをつける音がした。頭の上から覗き込むと苗字さんがタバコを咥えてた。俺がいるのに口寂しいってか。なんか気に食わねえ。
「タバコやめらんねえの。」
「一箱千円になったらやめる。」
「海外に移住すりゃはやいな。」
「諏訪は俺と会えなくなっていいって?」
顔を上げて睨みをきかせてきた苗字さんは、声の方は全然凄んでなくて笑えた。
「そうじゃねぇよ。」
「じゃあなんだよ。」
「口寂しいってさ、口になんか入れときゃいいの。それともなんか咥えりゃいいのか?」
「あ?うわ、ちょ、諏訪!」
全く話を理解してなさそうだった苗字さんの口からタバコを奪って、デコを押さえる。変な音したけど、苗字さんの顔が上を向いたから上出来だ。
キスとかしたことねえけど、とりあえず口寂しいんならこれで我慢してくれよ。
けどちょっと決心が鈍って、かるく触る程度のものになった。その途端すげえ恥ずかしくなって、苗字さんから飛び退いて距離をとる。
「っの、マセガキが…!」
「わ、ワリィ苗字さん、その、」
痛むのか首筋を揉みながら立ち上がった苗字さんは俺の腕をがっちり掴むと思いっきり引っ張りやがった。すっげえいてえ。怒ってんだろうか。
「お前のことパイポ代わりにするからそのつもりでいろよ。」
爆弾発言だった。言外に大人をからかうんじゃないとも言ってるような怒った声だったけど、なんでか優しく抱きしめられて、その日は一日中キスをされた。
20160520