「お菓子にする?悪戯にする?それともお、れ?」
机に腰掛け、自慢の綺麗な顔で満足げに笑ってみせた及川。その背後に目が据わった岩泉が立っているのを見て、苗字はなんともいえない難しい顔をする。
「フライングなのに朝からこのテンションか…。」
「多分明後日まで続く。」
「うっわうざい。お疲れ岩泉、ほいよ。」
「お、さんきゅ。」
労りの言葉とともに岩泉に渡されたのは、恋の味がキャッチコピーの某すっぱいグミ。
苗字の視界に無理矢理入ろうと身を乗り出した及川が悲鳴にも近い声をあげて手を伸ばすと、岩泉はうるせえとその手をはたき落として一蹴した。
「いたっ!岩ちゃん今本気だったデショ!」
「テメエも本気でとる気だったろ。」
さっとグミをしまい込んだ岩泉はめんどくせえと顔に書くと、そこから踵を返していってしまった。
その様子に何を言っても無駄だと理解した不満たっぷりの及川は、原因である苗字をくるりと振り返って、我関せずとスマホを取り出した彼に詰め寄る。
「苗字も!なんで岩ちゃんは何にも言ってないのにお菓子あげるの?!俺は!俺には!?」
「あ?今の台詞ってお菓子くれだったの、てっきり俺がもらえるもんだと。」
「えっ!…苗字は、俺がほしい、の?」
「いらねーからもじもじすんな!」
結局その朝、及川は苗字にお菓子を貰えなかったし苗字にその言葉を言ってもらえなかった。
しかし及川もそう簡単には諦めない。
完全なフライングだというのに、何が彼をそこまで突き動かすのか誰にもわからないが、及川には全く諦める気はなかった。
昼休憩、その時が決戦であると、及川は謎の決意に満ちていた。
そんな決意に満ちていた及川は、待ちに待った昼休憩を迎え、そして予想だにしない出来事にフリーズしていた。
目の前の苗字を見て、彼が突き出してくる見覚えのある菓子パンを見て、それを三度ほど繰り返して丸くなった眼をぱちぱちと瞬かせる。
「これ、何?」
声になったのはそれだけ。わかっていて予想もついているくせに、及川はそれを苗字に尋ねる。
苗字は怪訝な顔をして、きちんと答えた。
「なにって、牛乳パン。好きだろ。」
「…どうして?」
「あれ、ちがった?朝は手持ちがなかったから買ってきたんだけど、」
いらねーなら俺が食うわ。
引かれそうになった苗字の手を及川は全力で止めた。
遅れてきた喜びと幸せに舞い上がっていた及川は、それまで考えていた計画やら作戦がすっかり飛んでいってしまって、苗字がくれる牛乳パンをいつ食べようかということが脳内の八割を占める。
「い、やいや好き!大好き牛乳パン!ありがとう!」
「そんな喜ぶ?やっすいなーお前。」
受け取った牛乳パンを見つめて、にやにやと上がる唇を隠さないでいると、横からむにりとの肉を摘まれた。苗字だ。
「俺は明日言うから、明日持ってきて。」
家な。と付け加えられた言葉に、及川はうれしくてうれしくて、幸せになってにっこり笑う。
「全力で悪戯しにいくね!」
「菓子持ってこいやアホが!」
やっぱりいらねえだなんて叫ぶ彼の声は届かない。
20151214
20151228