こちらの続き。
朝、携帯のアラームで目が覚める。
すこしだけぼんやりとして、じわじわと侵食してくるような空気の冷たさを疎ましく思いながら彼は氷のようなフローリングに足を下ろした。
拾い上げたディスプレイに沢山の通知がきているのをみて、笑うのを抑えられなくなって、軽い足取りでいつもより騒がしいリビングへと向かう。
返事はまたあとですることにしよう。
今日、赤葦京治は誕生日であった。
「お誕生日おめでとう、京治。」
「おめでとう、京治。」
いくつになっても、この言葉はかならず心臓のあたりをむず痒くさせてくる。もしかすると、そういう魔法でもかかっているのかもしれない。
最後に呼ばれる名前がいっとう感情を込められているようで照れ臭くて仕方ないが、彼はなんでもないように、ありがとうとすこしだけ微笑んで答える。
いつも通りの朝食の一品のなかに、自分の好物があるのを見つける。
彼はまたありがとうと言って、両手を合わせるのだ。
赤葦京治は誕生日だが、いつも通り部活がある。
昨日チームメイトに、部活後の時間は開けておけと満面の笑みで言われた。
のだが、あいにく彼には先約があった。
正直にそれを伝えると、彼女かとどやされた。
彼女、恋人、そんなわけがない。
一週間も前に口頭で結ばれたやくそくを今日まで楽しみにしていたのは事実だが、それと同様に他の感情が渦を巻いている。
好かれているという自信はあるが、それが果たして友愛なのかそうでないのかは彼には分からない。
できれば、後者であってほしいと、今日の主役というチームメイトお手製のゼッケンをつけ、すこしだけ傲慢になった彼はそう願いつつ練習に励む。
いつもより辛い練習だったというのを、彼は忘れることはないだろう。
午前中までだった練習を終えて、チームメイトからお幸せにだの裏切り者だのという冷やかしを受けながら、彼は挨拶もそこそこに体育館を後にする。
待ち合わせまであと一時間はある。
家に帰って、とりあえず風呂に入ろうと身だしなみを気にして早足に校門を出た時、いるはずのない姿が立っているのに気づいた。
その口約束の相手は呆然とする赤葦を見て、堪えられなくなった感情が溢れていくような笑みを浮かべる。
待ちわびていたとでもいうように、その眼は赤葦だけをうつしていた。
「誕生日おめでとう。」
動かなくなっていた身体の自由がきくようになる。
眼は口ほどにものを言うと、赤葦はよく知っていた。この目の前の、苗字のようなタイプはなおさら。
「あ、りがとう。」
裏返った声で顔が熱くなるより先に、苗字の言葉が赤葦の余裕を奪っていく。
「赤葦が生まれた日を、今度は一番最初に、そんでもってこれからも祝い続けたいので、」
一呼吸置かれる。ああすこしだけ怯えているのだと赤葦はわかって、震えそうになる息を吐く。
「好きです。付き合ってください。」
昼といえども、もう師走だ。
そこは寒くて、冷たい風だって吹いていて、体温を奪うだけの空間に留まり続けるのはあまりに酷。
けれどもそこには、泣きそうなほど顔を真っ赤にした二人が立っている。
20151205
20151228