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「次なんだってー?」
「化学です。」
「あー、橋本だっけ?寝るよね。」
「いや…それはちょっと…。」

ちょうど食堂で及川と鉢合わせた金田一は少しばかり困惑していた。

大丈夫なんだろうかこの人。
苗字さんと喧嘩してるって聞いてたんだけど。

苗字名前と及川徹は、どちらも金田一からすれば先輩にあたる。
苗字は二年で、及川が三年。ちなみに苗字は今こそボールに何度も触れてそれを床についてはゴールネットに投げ込むというスポーツの部活に所属してはいるが、中学時代バレー部だった。
金田一と面識があるのはそのためである。

そんな二人だが、中学時代それはもう仲が良かった。高校でもそうで、苗字が青城に来たのは及川がいるから、といわれたほどである。
その噂の真偽は本人のみぞ知る。

話は戻って、その二人が喧嘩をしているらしい。
ソースは岩泉。疑いようがない。

中学時代でも、二人が喧嘩する様子は見たことはあるがこれがまあひどい。特に苗字。

部活に私情を持ち込まないスポーツマンシップは素晴らしいのだが、部活中以外ではまるで相手を無い物のように扱う。いや、無い物だから扱ってはいないのだろうが。
こうなると及川はひたすら沈む。沈み込む。

とにかく、この二人の喧嘩はややこしいのだ。

「金田一は真面目だね。」
「席一番前なんすよ。」
「うっわあドンマイ!」

気になることは気になるが、及川の様子に変わりはなさそうなので金田一は黙っていることにした。

すると、ふと渡り廊下からこちらに歩いてくるその姿が眼に入る。

「まあ頑張ってね、俺は次自習ー。」
「え、そうなんすか。」

「へーえいいこと聞いた。」

あれ、もしかしてこれやべえ?
金田一がそのことに気付いたのは、苗字の声に及川があからさまに身体を強張らせたからである。

「よーす金田一、及川さん。」
「あ、ども…。」

返事も返さず、及川は脱兎の如く駆け出した。
金田一と苗字は、瞬く間に人混みをくぐり抜けていくその後ろ姿を呆然と見つめるしかない。

「…なあ、」
「ハイ。」
「ちょっと、徹さん借りるわ。」

あ、これフラグ。
金田一は眼が据わった苗字にこくこくと頷くことしか出来ない。


及川徹は人の眼を引く。
なので、逃げ出した及川を見つけること、それから捕まえることは、及川の恋人であり、日々走り込みをしているバスケ部でもある苗字にはとても容易いことなのである。
正直、愛の力は然程関係ない。

「なんで逃げるんですか。」
「っ自分で考えたら?」
「考えてもわからないからきーてんすよ。」

苛立ちで寄せられる眉を見て、及川も同じように眉を寄せた。
どうしてこの後輩はすでに腰を据えて話し合うスタイルなんだろう。ちらり、辺りを見回した。
引き込まれた空き教室。別にあやしい空気も甘い雰囲気もここには流れてはいない。

あるのは眼に見えて不服そうにぶすくれる後輩と自分の間から溢れる殺伐としたそれだ。
もうほんとヤダ。及川は逃げ出したかった。

「言わんとわからんこともあるでしょうよ。」
「…苗字に心当たりがないんならいいですー、それよりもうすぐ鳴るんだけど。」
「アンタ自習だろ。」
「、お前は授業あるデショ?!」
「これまたびっくり、俺も自習っす。」

及川はナンテコッタと頭を抱えた。
ちろりと苗字を盗み見る。普段より鋭い眼光が自分を射抜いていて、及川は少しだけ肩を竦めた。

「…アンタあれだけあからさまに避けてといて、金田一といちゃいちゃして、俺がイライラしないとでも思ってんですか。」
「い、いちゃいちゃなんてしてません!」
「してたろーが。」

苗字の敬語が外れてくる。
こうなるともうお互いは学校での先輩後輩ではなくなって、ただの恋人同士なのだ。

「っだいたい、悪いのは名前でしょうが!謝るんならまだしも普通しらばっくれる?!」
「だからなんの話なんだよ!」
「先週!日曜!お前何してた!?」
「なにしてたぁ?」

ぜえはあと息を荒げて怒鳴った及川の言葉を理解して、苗字は自身の落ち着きを取り戻しながら記憶を手繰り寄せる。
ただ苗字はいかんせん記憶力が悪い。前日の夕飯が思い出せないこともよくあるレベルだ。

焦れた及川が沈黙を破る。
ただその声は先ほどとはうって変わり、とても静かなものだった。

「…なんで駅前に居たの。」
「、あ。」
「女と。」

それだけ言って、黙り込んだ及川に苗字はきょとりと眼を見開いた後、眼と口元を和らげた。

「…アンタばかだなあ。」
「は?何言ってんの?ころすよ?」
「あれ、俺の姉さんなのに。」
「あ?」

沈黙が落ちる。その間に、及川の顔はじりじりと熱を持ち始めていた。

「う、そだ。」
「マジっすよ、写真見ます?」
「いや、いらな、っえ…?」

にやにやと緩んだ頬を締めることもせず、おどけたような敬語で話し始める苗字を、及川はただ見つめた。

「かーわいっすねえ、徹さん。」
「うっ、うーるーさーい!」
「勘違いして避けてたの?俺を?」
「信じるから!お姉さんいたのね苗字!」
「へーえ徹さん嫉妬してたのー?」
「もうマジで黙って!」

話を変えようにも話題がない。
ついに眼の前まで寄ってきた憎たらしい後輩の顔が、驚くほどに近くて愛しげだったので、及川は言葉に詰まる。

「すぐ怒ればいいのに。一発殴るとか。」
「…それが出来たらもうやってる。」
「あー徹さんほんとにかわいいね。なんで?」
「るっさい知るかボゲェ!」

再び喚き立てそうな及川を、苗字は心底嬉しそうに笑って抱きしめた。



20150916
20150922


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