こちらの続き。
全くもって、手を出すつもりはなかったってーのは都合のいい俺の言い訳である。
誘われたって分かった瞬間、何こいつ超ナマイキってイラッときて、そっから助手席にまでのせたはいいけどふと我に返ってノンケの後輩に何してんだ俺、ってなった時のやっちまった感はそれはもうすごかった。
及川を自宅の風呂に放り込んで、ダイニングで一人悩みに悩んで、今日はやっぱり帰そうそうしようって素敵な先輩になりかけてた俺は出てきた及川を見て消え去った。ホントに堪え性のないとこどうにかしないと。
いやでもあれは及川も悪いと思うんだ。
キレーな顔を真っ赤にして眼ぇうるうるさせて。
「ふろおわりまし、た。」
なんてちょっと吃られてグッときて、そっからはもう諭してやる事もできずにベッドへゴー。
あの時恥ずかしがって痛がって、えうえう泣きながら抱きついてきた幼気な及川はもういない。
「全部名前さんのせいだもんね?」
「あのさあデートすっぽかす度にその話持ってくんのやめてくんね?」
「幼気でカワイイ及川くんは悪い大人、名前さんに捕まってしまいました…ちゃんちゃん。」
「あーもーだからごめんってー!」
ラグの上に体育座りして背中を向ける及川と俺は、現在恋人という関係にある。
ちなみに先ほどの話はもう二年も前の事だ。
正直あの頃は無節操過ぎて今聞くと頭がいたい。
「別に怒ってるわけじゃないし。」
「じゃあなんなんだよ…。」
「…最近多いなあって。」
こういう事。
そう続いて、俺はうっと言葉に詰まる。
これで三回目だ、頭の中でそう声がした。
「…ほんとごめん、」
「繁忙期なんでしょ?知ってる、」
わかってるんだけど、わかってんだけどなあ。
小さな独り言を呟き、及川は身体を小さくする。
繁忙期に入ると、本当にもう俺のような所帯持ってなさそーな若い奴らは帰してもらえない。
シフトも労働基準法ギリギリどころかほぼアウト、それでももうちょっと、もうちょっとだけでも!とマネージャーさんからすがられる始末。
帰れるわけがない。あのオフィスの惨状を見てそれでも帰る事を許されるのは人は主婦のパートさんくらいである。
「…明後日、休みだから。」
そこで埋め合わせする、と。
そう意味を込めた言葉は及川の背中に跳ね返され、つっけんどんな言葉とともに俺の元に返ってきた。
「俺はその日講義だからごめんね。」
「、そっか。」
突き放されたみたいに思えて、ちょっと情けなくなった。ああお前もこんな気持ちだったの。
全然苛立ちなんかなくて、逆に寂しくて惨めだった。この気持ち、及川は何度味わったんだろう。
重たい何かを腹から吐き出そうとした瞬間、及川の身体が動きを見せる。
「うそだよ。」
くるりと振り返ってきた及川は困ったように笑っている。それから手を伸ばしてきて、俺はその手を握った。息が止まりそうになって、溜め息はどこかへ消えた。
「名前さんのためなら講義休むよ。でもせっかくの休みなんだから、うちでゆっくりしよ。」
代返頼まなきゃ、なんて笑う及川になんだか泣きそうになる。心臓のとこがいたい。なんだよもう。
「あり、がとう。お前ホント、…ああもう。」
「なあにー名前さん。」
「すきだわ。なんでそんなに、あー…。」
ナマイキだって思ってたやつが、とんだ男前に成長しやがった。
「俺も、名前さんのこと大好き。」
そう嬉しそうに笑って抱き着いてくる及川に、俺はこれからも何度も救われることになる。
20150913
20150922