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こちらの続き。
※成人済み

同窓会の参加者は、三十人を越えなかった。
小さい居酒屋で予約を取って、こじんまりとやるつもりだったのだろう。

しかし、久々に見る顔触れに興奮を隠しきれていない奴らはすでに酒が回っていて、楽しく騒がしく笑っていた。
これ以上そんなやつらが増えると…なんて考えただけで嫌な予感しかしない。

「苗字ー!」
「おう。」
「のんでますかーっ!」
「飲んでる飲んでる。」

そうかもっと飲め!とグラスに並々とそれを注ぐ本日の幹事に苦笑をこぼしながら礼を言う。
始まってまだ三十分くらいなのに、完全に酔ってんな。

酒で蒸されたような室内は居るだけで酔いが回りそうだ。
しゅおしゅお、泡立つそれを幹事の眼が離れた隙に隣のやつのグラスと手早くすり替える。

「お、苗字さんきゅー。」
「はっはっは、しっかり飲めよー。」

実はまだ何も口にしていなかったりする。


「飲まないんだ、苗字は。」

飲みすぎたという言い訳をして、とりあえず俺は便所に出てきて、この今に至る。

後ろからかけられた声に手を止める。
正直、びびっている。けれどまだ、手を洗う。

心臓がどんどんとうるさい。
酔ったかな、酒気で。どんな下戸だよ。
期待と緊張も相まって、蛇口をひねる手が震えた。あー、情けねーの。

「酔った苗字、見たかったのに。」

浮かれたようなその声音はあい変わらず、俺の何かと何処かに揺さぶりをかけてくる。
鏡に映る菅原は、ふわりと赤らんだ頬を見せつけるように俺を見ていた。

「…俺悪酔いするから、あんま飲まねーの。」
「へえ、もっとみたい。」
「俺が飲んでないってわかってる時点でお前、俺のことめっちゃ見てんだろ。」

茶化して見せるように笑って言えば、菅原の柔らかそうな髪の毛から覗く耳たぶに、きらりとなにかがくっ付いていた。
右の、耳だ。

「…そうだなあ。」

ああ、なんでそんな顔をするんだろう。
ふと眼を伏せ、身体ごと菅原に向ける。開ける。
鏡越しでないやつは、全てが柔らかくて、甘そうに見えた。決してカニバリズムとかではない。

菅原はなんとも言えない笑みを浮かべて、俺を見上げた。それが危うくて、胸が騒がしくなる。

辛そうな、嬉しそうな。今にも泣きそうなその菅原を、俺はいつかに見たことがあった。

「なー、」
「…おう。」

おもむろ、いや、悠揚に開かれた唇はしっとりと濡れ、その先では赤い舌がゆるゆると動く。

「酔ってるから、言うけど。」

突如として、ふわりとした癖毛が首をくすぐって、酒を飲んだせいでいくらか熱いその身体が、ぴたりと薄いシャツ越しに触れてくる。
抱きついているようにも見えるが、ただ擦り寄ってくるだけの菅原に、ぐらりと眩暈がした。

甘い匂いがする。

「ごめんな、まだ苗字を困らせていたいんだ。」

泣き言のように首の横でぼそぼそと謝罪が溢されていく。俺はあの時に帰ったみたいに、菅原に心臓を騒がしくさせられた。

ゆるして。独り言のように呟いて、菅原はぱっと俺から離れた。
その時、すげえイラッとした。何勝手ばっか言ってんだお前って、もう、止まらなかった。

俯く菅原の頭を両手で鷲掴んで、無理やり自分の顔に向けさせる。

「むっ?!」
「許すかボケ。」
「あ、えっ!」

切なそうに寄る眉に、ぐっと顔を寄せる。

「聞け。」
「っ、ん。」

きゅうっと唇が噛み締められて、その瞳がわずかに赤く潤む。
そして俺はもう一度、許さん。とその眼を見て言う。睨んだりはしてないけど、菅原はもう泣きそうである。その頭は力づくで俯こうとする。

「ぅ、はなし、て…。」
「やだね、お前は何もわかってねぇ。」
「苗字っ…。」
「まず、そのゴテついたキンキラピアスやめろ。お前に全然似合わねー。」

その言葉に、菅原の眼がぱちりと瞬く。
頭ん中に思いつく言葉を全部吐き出す。

「困らせたい?上等だ。ずっとお前に振り回されてたんだからな、今更気にならん。」
「ふ、」
「言っとっけど、俺待ってたんだぞ。二人きりになんねーと来ねえかなって思って便所まで出てきてやったんだ。つか遅過ぎ。」
「ご、ごめ、」
「なんなのお前酒の力ないと何にも言えないの。無茶な飲み方してんなァとは思ってたけど。」
「…も、まって。」
「あんだけ熱視線もらって気付かねえほうが可笑しいぞ。」
「ほんと、」

捲し立てた。多分、顔は本気でキレてた。

ぽとっと、手の甲にぬるい雫が落ちてきた途端、さっきまでの苛々が嘘みたいに収まっていった。
単純だなァ、と自嘲めくように笑って、俺は声音を和らげる。

「それから、」

怯えた菅原の瞳の裏側を覗き込みたい衝動に駆られた。どうしようもなく、愛おしい。

「ワザとなのか、知らねぇけど、」

左耳に掛かった髪の毛を掻き上げてやる。
そこには控え目な、申し訳程度の小さなシルバーピアスがあった。
どっと溢れる安堵で、ため息が出そうになる。

「やめろや。」

変なの寄ってくるだろ。
俺がそう言うか言わないかの瞬間、菅原のその甘ったるい香りが俺の鼻腔をいっぱいにした。
うーうー唸って、ちょっと鼻を啜る菅原は高校の時より幼く思える。おかしい話だ。酒のせいか。

「…苗字も、さ。」
「あん?」
「こうすい?かな、…やめろな。」
「…へいへい。」

とりあえず、気休め程度にあの頃と近い姿になれば、またやり直せるんじゃないかと思ってる俺ではあるが、こんなにうまい話があるもんかと正直気が気じゃなかったりする。



20150707
20150922


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