※一人暮らし
解錠する音がリズム良く扉の向こうから聞こえてくる。
ゆっくり押し開けられたそれの隙間から、怪訝な顔をした月島がにゅっと出てくる。
その表情が起き抜けの時と同じに見えて、口から勝手に言葉が漏れた。
「おはよう。」
「…もう、六時ですけど。」
「眠たそうな顔してんぞ。寝てた?」
それには答えず、月島はふいっと背を向けて家の中に戻ってしまった。
俺の右手にあった紙袋に気付いたのだろう。
俺も玄関に入る。
手洗ってくださいね、と靴を脱いだところで釘を刺されて、おう、とだけ返事をした。
「コーヒーでいいすか。」
「んー。悪いね。」
「お代はそっちのケーキで。」
「おう。」
自分で開ければいいのに、遠慮でもしているのか、テーブルの上に置かれた紙袋と俺を見比べてくる月島は、変なところで後輩になる。
仕方ないから箱を開けてやって、そこに鎮座する真っ白な上に一粒の赤を乗せたショートケーキと、それと対照的なダークブラウンに金色の粉が散ったオペラを月島の方へ見せつけるようにして向けた。
迷う事はないその手に攫われていったショートケーキは、あっという間に、その口に食されてしまうのである。
俺はこの夜を月島の家で過ごす事になった。
成り行きではないのだが、彼がそんな雰囲気を出すのだ。据え膳食わぬはなんとやら、帰る理由もなくなった。
「風呂どーぞ。」
「おう。」
しっとりした髪の毛を眺めつつ、さていざ風呂へと腰を上げたところで、ひとつ気がかりな事が頭の中に現れる。少し、それを聞くのを躊躇った。
「、あー、月島?」
「はい?」
「歯ブラシあるっけ。」
「…ないですかね。」
どうして、と尋ねるような視線に多少の罪悪感を感じつつ、苦笑しながら答えてやる。
「たばこくせぇかも。」
「…禁煙、」
責めるような瞳には鋭い光が宿っている。
二人で決めた約束事だったのだが、今日はつい、やってしまったのだ。
「ごめん。」
「…いいですよ、もう。」
早く風呂いってきてください。
半ば部屋から追い出されるようにして、脱衣所へ入った。
怒ってるかな、怒ってるよな。
先ほどの罪悪感はどんどん膨らむばかりである。
シャワーを浴びつつ、少し前の事を思い出す。
たばこ吸ったとか関係なしにキスしてた事とか、その度に月島がにがいと顔をしかめていた事とか。
月島がかなりのたばこ嫌いという事は覚えていたので、とりあえず五回うがいした。
風呂から出ると、ちょっとだけ面白くなさそうにした月島が近所迷惑だと忠告してくれた。
ごめんっていう謝罪の気持ちと、お前のためだよとかいうかなり恥ずかしい思いを込めて、愛情のキスを送った。
複雑な気持ちもあるけど、そんなところも丸々全部、君が察してくれるといい。
20150626
20150922