思えば今日は災難ばかりだ、と目の前でひっくり返った缶と辺りに飛び散ったシーチキンにも似たそれを見つめる。
さきほどそこを襲撃した白の塊は、俺が放心から解放されるより前にどこかへ消えてしまった。
朝から電車が遅れるし、授業中シャーペンが壊れるし、雑用頼まれたし、そのせいで昼は出遅れて購買の焼きそばパン買い損ねるし、今日やっと辿り着いた猫スポットでの癒しを、もう見たくもないボールに邪魔されるし。
あーあー、厄日だなあ。
ふと視線を上げると、きゅっと眉根を寄せてまるで怒っているような顔をした、中学時代のチームメイトがいた。
きっと怒っているのではなく、ただ気まずいだけなのだろうが。
「…ねこ、逃げちまったなぁ。」
残念そうにそう言ってやれば、ぎしりと影山の身体が強張るのがわかる。
「でも、逃げたお前に会えたのはラッキーか。」
「っ逃げてねえ!」
大きく怒鳴った姿が、ほんの少しだけ中坊の頃と重なる。そう、ほんの少しだけ。
意外なところがあった。
「へえ、手が出ない。」
影山の眼が見開かれる。身体の横につけられた手のひらが固く握られた。
中坊のお前なら、真っ先に胸倉を掴みに来ていたであろう今を、お前は耐えている。
「…変わったなあ、お前。」
なんだか嬉しいような、むなしいような、複雑な気持ちでいっぱいだった。
俺は影山と広く言えばいわゆる幼馴染みというやつだった。
同じ小学校で、同じスポーツクラブで、そこそこ家も近くて、バレーが好きなもん同士。
仲良くなるのは当たり前で、いつも休み時間や放課後は一緒にボールを触ってた。
それから中学に入って、何歩も先を行く影山を無我夢中で追いかけるようにバレーに打ち込んだ。
けれど、やっと同じコートに立った時、
すでに影山は、知らないやつになっていた。
バレーが好きで、バレーに全力なところは全然変わっていないのに。
その、俺の幼馴染みという姿が全部全部嘘、いや、間違いだったように思えるほど、コートの上の影山は、いつもどこか違ってみえた。
「、お前も。…止めたんだな。」
主語がなかったけど、何を言っているのかは察しがついた。バレーのことだ。
「まあな。」
当たり前に沈黙が落ちる。
しゃがんだ俺を見下ろす影山の顔が、少し暗い。
どうしてか、影山が自責の念に駆られているようにも見えた。
深刻な顔して夕飯のことを考えたりするあいつのことなのに、なぜかそう思ってしまった。
「俺じゃ、役不足だった。」
「は?」
「それだけ。あと、逃げたのは俺だ。」
ただの投射だ、気にすんなよ。
よっこいしょという掛け声で立ち上がって、練習着姿の奴を見据える。
知らないユニフォームだ。でも、それをお前が有名にしていくんだろうなあ。
「…青城じゃ、なかったんだな。」
「青城?ムリムリ、やっていける気がしねえ。」
何か言いたげな顔をした影山だったが、眉をひそめて口を噤む。
「見てるよ。今度はギャラリーで、一人の観客として、お前とお前のチームのこと。」
「苗字、」
「及川さんにコテンパンにされちまえ。」
「応援しねぇのかよ。」
あたりめーだよバーカ。
なんだよ、知らんとこで成長しやがって。
俺らじゃ足りなかったか。無理だったか。
本当に、今日は厄日だ。
いつかずっと憧れてたそいつが、遠く離れて知らないうちに、ずっと愛おしく思えていた。
帰り道、なんでかずっと息苦しかった。
20150531
20150922