「俺がもし彦星さまだったら、絶対天の川を泳ぎきって、織姫さまに会いに行くなあ。」
あいにくの曇り空で、彦星さまと織姫さまの逢い引きを見ることはできない。
ちらりと隣の赤葦を見やれば、何言ってんだお前、と書いた訝しげな顔を俺の方に向けていた。
「あ、あかーし短冊書いた?」
「いや別に、つかなんで?」
「近所のガキンチョどもが飾るから書けって強要してきてさ。」
「違う。」
さっきのだよ。と眠たげな表情で続けられる。
さっきの?あー、もし俺がーってやつか。
「いやあ、改めてガキンチョどもから七夕伝説聞いてたら、彦星もガッツ足んねぇなって。」
「天帝の命令でああなったんじゃなかったっけ。」
「それでも、ありえねぇ。」
俺には考えられないね。まあ隣に赤葦がいるから幸せなんだけど。なーんて。
赤葦の片膝の上にごろりと頭を転がす。
硬い。わかってたけど。
呆れたようにその黒の両目が俺の眼を追う。
「そもそも、仕事をサボってんのが悪いんだろ。」
やることやっとけば、よかったんじゃねーの。
赤葦にそう言われてハッと思いついたのが。
「、だよな、子作りしときゃ天帝も何もいわな」
「そうじゃねえよ。」
がすん、と落ちてきた拳はわりと本気で痛かった。
「っなんでだよ!織姫は産休、彦星はお見舞いってことにすりゃいけるじゃん!」
「俺が言いたかったのはどっちも今まで通り真面目に仕事しときゃよかったのにってことだよ!」
ぎっと睨み合う。
それから、どちらからともなく笑ってしまった。
「なんで七夕でこんな言い合いになってんの。」
「知るか。お前が変なこと言い出すからだろ。」
「変ってなんだよー、俺はけっこう真面目に、」
続きを言えなかったのは、俺の口を赤葦が押さえたせいだ。俺が何も出来なくなったのは、赤葦が小さく笑っていたからだ。
いや、それ以前。赤葦の表情の雰囲気ががらっと変わってしまったからだろう。
「俺だったら、」
ゆっくり、黒の両目が近づいてくる。そこにはアホみたいな顔した俺がいた。
「年に一度しか好きなやつと会えないとしたら、」
投げ出した手足が落ち着かずにそわそわ動く。
どうしよう、こんな迫られ方初めてで俺、挙動不審。
「今日みたいに、誰にも見られないようにして、」
視界が黒に染まる、
「二人きりになりたい。」
赤葦そりゃあどんな殺し文句ですかね。
20150707