「すんません菅原先輩、抱かせて。」
「なんでそんなに話しが飛んだんだー?」
さっきまで普通に会話をしていて、そんな雰囲気も一切なしで、不意打ちでベッドの上で押し倒されるってーのに、当の本人はいつもと変わらない爽やかな笑顔でいる。
すでに心が折れつつある俺はその上に覆い被さって、ポーカーフェイスで頑張ることにした。
「ゴムも浣腸も用意できてるんで。先輩は寝てるだけでいいんで。」
「ずいぶん、性急だなあ。」
「…面白くねぇっす。」
ゆるりと口角を上げて見せた菅原先輩の、なんと妖艶なことだろう。
きゅ、と細められた瞳の奥で、情欲が見え隠れしているようにも思える。
「どした?」
そして、抗えない優しさを滲ませた声音で俺を抱き寄せてくる先輩のそのアンバランスさが、どうしようもなく恐ろしくも思えるのだ。
「…だって先輩は、」
「うん、俺は?」
何も。なにもしない。なにも求めない。
「無欲過ぎて、…俺も何も言えない。」
ハグはする。キスもする。けど今一歩足りない。デートとか。学校の行き帰りだとか。
お互いの友人との関係を優先させてばかりで。
「うーん、そうでもないけどな。」
「…無自覚だってなら尚更っすね。」
やっぱ俺だけかよって、ちょっと面白くないってかムカついて、ふわふわした匂いのする先輩を強く抱きしめて、額をシーツに押し付けた。
好きで仕方ない。愛おしい。出来ることなら出会い頭にキスでもぶちかましてやりたい。
それが出来ないから、こうなる。
そう、これがヘタレの末路である。
「違うんだぞー。俺に騙されるなよー。」
茶化した声音のそれに頭を上げる。
穏やかな微笑みが至近距離で見えて、言いようのない幸せを感じた。
「やっぱり抱かせろってことっすか。」
「ん?」
きょとん、なんてとぼけたような顔しやがって。けど先輩、俺も譲れないもんはあるって。
「でも先輩、俺は先輩が抱きたい。」
「お、おう。あのな、」
「俺が、抱きたい。」
「…うん。」
先輩の頬が少し色付く。
そろりと彷徨った瞳が再び俺のところへ戻ってきて、先輩の唇がおもむろに開かれた。
あーあ、なんて焦れったい。
「あのな?」
小さい子供に言い聞かせるみたいな口調。
それもあんまり好きじゃなかった。けれど今はなんとも思わなくて、すんなり返事が出てくる。
「はい。」
「苗字が思ってるほど、俺は無欲じゃあないよ。」
我慢強いだけなんだよ、と笑う菅原先輩は言葉を続ける。
「でもな、苗字がどーしてもって言うんならな。」
あ、また意地の悪い顔をする。
「やさしーくするんなら、いいよ。」
そんなこと言って、俺にはいつも優しくないくせに、甘いんだもんな。
20150512