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ぽつぽつとグラウンドを濡らす雨粒に女子がきゃいきゃいと騒がしくなる。
見かねたガテン系の体育教師が、すぐさま校舎の方へと移動するように機転の効いた指示を出した。
その新任教師の女子に人気ある理由が、若いだけじゃなかったと知った、雨脚速まる気だるい午後のこと。

そのまま授業は終礼のチャイムが鳴るまで先生との雑談で潰れた。
なんだか周りは盛り上がってたけど、今日はやけに気分が乗らなくて、俺はぼぉっとしつつ周りが笑えば口元を歪ませて、それを聞いてた。

雨が降っている音と、においと、ひやりと冷たい風を感じつつ、スニーカーを下駄箱へ投げ入れる。

よかった、ラッキー、なんて弾んだ声音で囁きあいながら隣をすり抜けていく女子の後ろ姿を、変なとこで喜ぶよなあと無感動に眺めて歩いていれば、

「っうお…」

人とぶつかった。やべ、前方不注意。
その時、ふわりと眼を冴えさせるような苦い香りがした。

すいっと見下ろした先の声の主の光景に、思わず声が出なかった。
あんなに人がいた廊下の音が一瞬途切れ、俺とそのぶつかった相手の周りがすっと開ける。

ほろ苦く香ばしい香りが、黒く広がる液体から湯煙を立てて広がっていくのだ。
しかも、それは床にだけではなかった。
相手の制服と、カップを握る手。そしてもう片方の手に抱えられていた教材にも少し。

やらかした。まじで、やらかした。
やべえ、と脳内はその言葉で埋め尽くされる。

「、わり。」

それ以外の言葉が出なかった。やけにしんとした廊下には、この声はよく響く。
あーあー、なんて居心地が悪いんだか。

目の前の相手は表情を変えず、すっと寝ぼけ眼のようなそれで俺を見据えるとおもむろに口を開いた。

「いえ、こちらこそすみません。」

廊下の時はもうすでに忙しなく動き出していた。
気がきくタイプの女子が二人、雑巾を持ってくると当の本人である俺たちを追いやってさかさかと掃除を始めてしまう。

俺はというと、ここから立ち去るべきか、それとも相手といるべきかを悩み、後者に傾きかけていた。
つまりは逃げるタイミングを逃してしまったのである。
ぶつかった拍子に立ち止まってしまったが故に、この気不味さマックスの苦い気分を味わっているのだ。

「そっちに、掛かってませんか?」

ひょい、と投げかけられた言葉には棘がなく、少しばかり驚いて見やれば相手は先程と変わらない寝ぼけ眼のような表情で俺を見ていた。
苦い香りが鼻腔をくすぐる。

「あー、俺は、平気。」
「そうですか。」
「…まじで、悪かった。」
「いえ、こんなの持って歩き回ってる俺の方が悪いので。」

お気になさらず、と言ってくるそいつに腑に落ちない感じがして、罪悪感がのしかかってくるようだった。

「…クリーニング代払う。」
「え、いや、いいですよ。」
「俺がよくねえ、あと教科書も。」
「いやだから、大丈夫で、」

頑ななその態度が気に食わなくて、それならばとカップを持っていたコーヒーまみれの手を引いて、俺の体操着に擦り付けてやった。
濃い茶色が、白いそこに広がるのを見て、やっと俺はぐるぐると変に渦を巻いていたそれらから逃げた。

「は?!」
「…これであいこ、でもクリーニング代は払うぞ。」
「いやあいこって、本当にいいっ…」
「払わせろよ。」
「…じゃあ、よろしくお願い、します。」

渋々と引き下がったそいつに満足して、俺はそこからさっさと逃亡した。

名前もクラスも聞かずにどうすんのかって?
2年6組、赤葦京治、だろ?
教材にきっちりキレーな字で書かれてたよ。

「…つか同い年じゃん。」

なんであんな敬語だったんだ。
それを後々赤葦に聞いたところ、初対面であんなタメで話す人の方が少ないと叱られた。

…あ、手火傷してないか聞くの、忘れてた。

そうしてこれが、やけに気になる赤葦京治くんとの出会いになる。



20150509


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