こちらの続き。
※事後描写あり
どん、と背中に叩かれたような痛みが走り、続いて首にぐるりと何かが巻き付いた。
気づいた瞬間、それがこれでもかというほど締められる。息できん。くるしい。
ばさばさと小脇に抱えていた書類が落ちた。
やべ、拾わねーと。あとで。
「っぶ、へぇっぐ…!」
情けない声が口から漏れた。
しかしこの腕の持ち主はさして気にする様子もなく、嬉々とした声音で大声で語りかけてくる。
「よお苗字!彼女と別れたって?!」
「げ、てめ、どこでっ…!」
視界の端でちらちら光るのはただの金髪か、それとも幻覚か。
いや問題はそこではない。一番の問題は俺のすぐ隣にいる黒髪の彼である。
「お、マジだったか。んじゃーいっちょ飲みに行きますか!」
「な、にを!どうしたら!そうなんの?!」
拘束の緩まりつつあった腕から抜け出す。
サークル仲間のこのパツキンヤローは、とんでもない酒豪でしかも俺を潰して遊ぶ事が趣味という最低野郎である。こいつはマジもんのサド。
そろりと赤葦の様子を伺うと、特に気にしてはないようで、俺が落としたレポート用紙達をまとめてくれていた。
なにこの良妻とか思ってしまった俺は確実に絆されている。
だってあいつほんとにいい奴なんだもん…!
「そりゃあフられた苗字を慰めてやろーという俺を含む心やさしき友人たちの計らいがあってだな…。」
わざとらしく、気遣うようにそう言ってくるが本心は違う。ぜったいちがう。
「そうやって!俺を潰してから根掘り葉掘り聞くつもりなんだろ!」
「バレたか!」
なっはっはと高笑いするこいつは確かにやる時はやる、頼れるリーダー的存在なのだが、どうも俺の立ち位置のせいかいつもこうなのだ。俺にだけ。正直泣きたい。
「もうマジおまえらきらいっ…!」
「そう言うなって、ちゃちゃーっとゲロッちまった方が楽だぜ?」
酒も積もる話もな!と上手く言えた風だが全くである。現に赤葦の眼が絶対零度だし俺は寒気しかしない。
肩を落として半泣きでいると、ふと横で癖毛が揺れた。赤葦である。
「すみませんが、」
がしりと腕を掴まれた。え、どうしたの。
「名前さんはもう俺に慰められてるので、先輩方のメンタルケアは必要ないかと。」
唖然呆然。思わずパツキンゲスヤローを見ると、あいつも俺を見ていた。
「ん?」
「え?」
小首を傾げて赤葦を見る。いつもの眠たげな瞳がきりりと引き締まって見えた。
「あと、この人ほんとに酒弱いんで。」
遊ぶの、大概にしといてあげてくださいね。
丁寧だったけど、あれには何処と無く有無を言わせない圧力がしっかり掛かっていた気がする。
「行きましょうか。」
「お、おう。」
じゃあまた、とパツキンゲスヤローにさよならして、赤葦と並んで帰路を行く。
「名前さんはよくあの人達と飲みに?」
唐突な質問だった。まあ確かに、俺の周りはおかしいくらいに飲む奴が多いから、度々誘われては酷い目にあっていた。二日酔い的な意味で。
煮え切らないような曖昧な返事を返すと、赤葦の声が鋭く飛んできた。
「毎回潰されるのに?」
「まあ、ちゃんと介抱してくれるやつもいるか、ら。」
「ふうん。」
すっと、肌が冷えた。赤葦の声音が低い。
あ、これやらかしたやつや。すぐわかる。
「名前さん。お酒買って帰りましょ。」
「いや、いいです。」
「そう言わずに。」
「いや、ほんとマジで今日は。」
「名前さんと久しぶりに酒盛りしたいです。」
ゼッテーウソだ。
しかし俺はそのいじらしそうな微笑みに負けて、少し大きめの歪な形をした袋を下げた赤葦がコンビニから出てくるのを待つしかないのである。
見てない見てない。500ミリのビールだとかキツめのウイスキーだとかハイボールだとか。
その上にちょこんと鎮座する、全く関係ないようであるような小さい箱だとか、俺は見てない。
「名前さん、しばらく、お酒禁止。」
「んー?」
ごそりと温かい影が動いて、俺の身体を引き寄せようとする。
ぬるい素肌が滑って、無骨な指が前髪を掻き分けてきては、その眼をしっかりと合わせてくる。
むずがゆいくらいの幸福感、と同時に照れくさくって、視線がよろめきながら逃げてしまう。
「なんで、だめ?」
微睡みに沈みかけた頭で、それでも律儀に答えてくれるところが愛おしい。
さっきまで俺の制止も聞かずに荒ぶってたけど。
けれどやっぱり、舌ったらずで無防備な名前さんの姿に俺は弱い。
「…俺との酒盛りならいいです。」
最大の妥協案、に見せかけた、ただの我が儘にしか過ぎないが。
「あー、まあそれ以外じしゅてき?に、のまんしなぁ。」
それでもこの人は、俺を一番幸せにしてくれる。
案外、俺の扱いを熟知してくれている。
まあ本人は気づいてないんだろうけど。
20150407
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