身体を支える二本の腕が震えて仕方ない。
もうだめだ!と二本が悲鳴をあげる。
しかしそこに、まだいける!お前ならやれる!とかなり切実に喝を入れるのが俺自身だ。
身体を這い回る掌は止まるそぶりを見せず、ついには吐息が首にかかった。
大きく叫び出したい気持ちに駆られるが、いかんせん今ここには誰もいない。意味がない。
今現在ここにいるのは、鍵当番を任された俺と、いるはずのない黒尾先輩だけである。
そして俺はなぜかそのいるはずのない黒尾先輩に、体育倉庫の中の体操マットの上で馬乗られているのである。解せぬ!
これ本当は夢とかそうゆうのじゃねーかなあ。
でもそれはそれで起きた後、黒尾先輩に顔向けできねーなあ。
こんなに俺得な夢とか、黒尾先輩にさながらエロ同人みたいなことするしかないっての。
「苗字。」
楽しそうな声音が耳元で囁かれる。
ぞわりと全身の産毛が逆立った。
うっはぁいろっぺー。俺も中々のおっさん思考である。
喉が引きつって声が出ない。
助けも呼ぶに呼べねぇなコレ。
「センパイ無視するとかいい度胸。」
「ぐ、ぅ…。」
がぶりと喉仏を噛まれた。
身体が一瞬熱くなって、すぐに皮膚から冷やされていく。
やべー、俺黒尾先輩に噛み殺される?
明日の朝練に変わり果てた姿で発見されるとか、イヤなんだけど俺。
半ばパニック状態の頭はぐるぐると回って正常には動かない。
熱くてぬるぬるした物が喉元を這い回り始めたら、尚更のことである。
あーもーだめだ。俺悪くない先輩がエロいのが悪い。
「せん、ぱい。」
「ん?」
「流石に、それは、ダメっすよ。」
怒るんだったら、もっと別の怒り方をしてほしい。
蛍光灯の下で逆光してても、ギラギラと光る眼だけは怖いが、これじゃあ甘噛み。
犬や猫が構えと甘えてくるのと一緒だ。
「ぅ、おぉっ?!」
全身の筋肉と力を総動員して、黒尾先輩を押し倒し形勢逆転に成功。
よっしゃ俺の時代キタコレ。
「せんぱーい、すげぇ煽ってくれましたね。」
「っはぁ?」
にこにこと笑って腰を押し付けると、さぁっと先輩の顔色が変わった。
「ご無沙汰でかなり溜まってんすよ、俺も。」
ズボンに指を引っ掛けて降ろそうとすると、先輩からの制止の声と手がかかった。
「ちょ、おいまて、学校だぞ。」
「先輩だって、さっき俺のこと襲ってきたじゃないっすか。」
「ちが、あれは、」
「俺のこと弄んでた?なんて酷いお人でしょう!」
悪い先輩にはお仕置きっすね!と嬉々として笑いかけてやれば、俺の手を止める黒尾先輩の指が爪を立てた。猫みたい、かわいーなあ。
まあ俺は話のわかる人間なので、一応話は聞いてやる。
「で、本題は?」
「…ホワイトデー。」
苦々しく放たれたその単語に、俺はびしりと固まった。反応が遅れる。
「、あ。」
「やっぱりな。」
そんな事だろうと思ったよ!とふてくされたように舌打ちをした先輩に、俺はごめんなさいと素直に謝った。
やっベーどうしよう。お返しとか全然考えてなかったや。
「イベントに無関心だなと思ったがまさかここまでとは。」
「マジですんませんっした。」
「いいよもう、お前はそういうやつだよ。」
なんだかいじけモードに入ってしまったらしく、黒尾先輩は早々に体育倉庫から出て行ってしまう。
俺も急いで倉庫の鍵を閉めて、その背中を追いかける。
「せーんぱーい。」
無視。
「くーろーおせんぱーい。」
無視。
「くろさぁーん。」
無視。
くそ、後輩の可愛い呼び方スリーコンボが効かないだとっ…?!
致し方なし、こうなれば一か八かと一息置いて。
「てつろう。」
今まで数回しか呼んだことのない、それを呼んでみた。
すると、先輩の足が止まる。ゆらりと振り返った黒尾先輩の顔は下を向いていてよく見えない。
あ、俺間違ったか。
「…それで許されると思ってんだな?」
「た、たぶん。」
唸るような声音にすんませんと謝ろうとした瞬間、チクショウ許すわ、と思いっきり抱きつかれた。
胸の奥が貫かれたね。ずぎゅんと。
あーあーあー!先輩かーわーいーいーよー!
「今度のオフ絶対空けとけよ。」
「うっす!」
気合いを込めて何度も頷く。
先輩からのお誘いちょう嬉しい。
その後黒尾先輩が俺を放置してさっさと帰ってしまったので、腹がたって明日の放課後絶対空けといてくださいねとラインしたら既読スルーされた挙句次の日一度も眼が合わなかった。
20150322
20150427