朝から苗字の機嫌が良くなかった。
というかすごい悪かった。
「おい。」
「それでねー、」
「てめぇだよ及川ゴラ。」
だから今日一日は触らぬ神に祟りなしって思って女の子達ときゃいきゃい話してたのに。
この苗字という男は、その怒りの捌け口に俺を選んでくる。なんて悪漢。
「おたくの岩泉クンが足りないんだが。」
「そんなの知ったこっちゃないよ!」
真面目そうに肘を机に立てて指を組み、そこに唇を寄せたそいつは何を言うかと思えば、ただの欲求不満だった。
俺の女の子達のフィーリングタイムを返して欲しい。
「岩泉にわるいことしたい。」
頭おかしい発言をしているけど、苗字の眼が本当に殺気立っていたので、俺は途端に言葉の選択に慎重になって、
「ぶ、部活に支障出ないくらいならいいんじゃない。」
なんて言ってしまった。
「まじで?」
ガタンと椅子を後ろにはね飛ばす勢いで立ち上がったやつに、あれれ、と思った。
先程とは打って変わり、苗字の眼が生き生きと輝いている。
「あ、うん。ドーゾ、ご自由に…。」
…うん、選択は間違ってない。でもこれ岩ちゃんに俺が怒られるやつかなぁ、そうかなぁ。
「おい、苗字。」
「あ?」
差し出された無骨な指を掬って口付ける。
するとばつが悪そうに眼をそらして照れる岩泉が心底愛おしい。チクショーかわいい。
「いやそういうことじゃなくて…なんだそれ。」
「ジュートロープ。」
「かっこつけんな、麻縄って言え。」
「わかってんなら聞くなよ。」
右手に続いて左手を取ろうとすれば、岩泉ははっとしたように腕を背後に隠す。
「おい、」
不満気に声をかけると、警戒心を露わにして此方を睨みつけてきた。
「何しようとしてる。」
そりゃあもちろん、
「縛ろうと、」
「ふざけんな跡つくだろ!」
ボゲェ!と罵られたくらいで凹む俺ではない。
「主将くんが部活に支障でないくらいなら何でもしていいって。」
「クソ川ころす。」
「俺といるのに他の男の名前呼ぶなんて余裕じゃねーの。」
「キャラじゃねぇダロ。やめろサブイボ立つ。」
じりじりと後退する岩泉にずいずいと身体を近づける。
耐えられなくなったのか、岩泉が顔を赤くして怒鳴った。
「っ縄はやめろ!」
「縄は?」
「縄は!」
どうにでもなれ、と顔に書いている。
なんだかそれは面白くなくて、俺はじゃあ、と口を開いた。
「メイド服着る?」
「…本気で言ってんのか?」
「やだ?」
「無理だな。まずサイズがねぇ。」
少し驚く。嫌じゃなく、サイズがないから無理なんだと。
嬉しくなってまた岩泉に詰め寄る。
「サイズ揃えたら?」
「…何が楽しい?」
「いや、思いの外ノってくれたから。」
「妥協って言葉知ってるか?」
しかしそれは単なる妥協だったらしい。
けれども俺にとって、メイド服着させる事が本命ではないし、そもそもそれが悪いことになるのかといえば違うだろう。
悩ましい。悪いことはしたいが岩泉が嫌がることはしたくない。ひどい矛盾である。
じゃあ何ならいいんだよ、と文句を垂れた。
俺がしたいのは背徳的なことなのだ。
そう例えば縛ったり目隠ししたり猿ぐつわ噛ませたり。
勘違いしないで欲しいのは、俺がそういった性癖だというところ。
これは衝動的な物だ。唐突に煮卵が食べたくなるのと同じことである。
岩泉は仕方ないものを見る目を俺に向けて、ため息をつく。
そうだよ俺は仕方ないものだよ、ドライな恋人を持つとどうしようもねぇんだよ。
苛々悶々と募る物をあからさまに顔に出していると、岩泉が胸倉を掴んでちゅーしてきやがった。
え、は、何。
「ストレートに来いよ、俺が受け止めらんねぇモンじゃねぇだろ。」
なんという岩泉ちょう男前。マジですきだわ。
手の中にあったジュートロープをほいっと放り投げる。
「縛らせて、」
「乗り掛かりながら言う台詞じゃねぇよな。」
「最中で。」
「ゼッテェ嫌だ。」
結局のところ俺って岩泉が嫌だっていうことはなんだかんだ言ってしないんだよな。ちょう健気。
20150315
20150427