「赤葦ごめんね。」
「謝罪に誠意がない。」
がつんと前頭部に振り落とされた拳を甘んじて受け入れたはいいが予想以上の破壊力で、俺の涙腺が緩む。ひどい、めっちゃ痛い。でも俺が悪い。
バレー部の腕力はなめないほうがいい。あと握力も。
「ぐ、いっ、たぁあ…!」
じりじりと熱を持って痛み出すそこを両手で覆いながらも、俺は赤葦を見上げた。
いつものアンニュイな瞳は恐ろしく冷たい色で俺を見下ろしている。お、おうなんか興奮する。
「もういっかい。」
床に正座した俺の前に仁王立ちする赤葦という修羅場以外の何物にも見えないようなこの場面。
確かにまったくその通りであって、だらしのねぇ俺がちょっとカワイー女の子とデートしているところ赤葦が発見してしまい、怒られているのだ。
因みにカワイー女の子は俺の部活のマネジちゃんで、デートといっても行きつけのスポーツショップに買い出しに行っただけである。色気なんてないし俺の下心なんて赤葦にしかない。
しかしそこで久々にカワイー女の子と二人っきりなれたから、調子乗った俺は彼氏みたいにクレープ奢ってあげて、あーんとかしてもらっちゃったりしたのである。鼻に生クリーム打ぶち込まれたけど。
でも、まあ俺が悪い。俺しか悪くない。
でもこんなに怒ってる赤葦くんはじめてっ。きゅんきゅん。
さて茶番は置いといて、俺は赤葦に誠意を込めた謝罪をしなければならない。
「まことに申し訳ございませんでした。深く反省しております。」
三つ指ついて、頭を下げる。
三つ指つくというのは相手への無抵抗を意味する、とどこかで聞いた。俺は無抵抗である。
犬が腹見せてきゅーんきゅーん鳴いてる感じである。あ、今度はこっちのやってみよう。
懲りる?知らない言葉だな。
「…そうじゃない。」
ぽつりと落ちてきたその言葉に、やっぱり犬の腹見せのが良かったかと思った。
けれどそれも一瞬。
しゃがみ込んだ赤葦の香りがしたと思うと、ぎゅうっと苦しいくらいに抱きしめられた。
ん?抱きしめられた?
「あ、あかあしー?」
耳元で小さく溜め息がつかれて、思わずどきりと心臓がはねた。
う、うおお。なんだどうした。
「俺が相手できないから、女子んとこいったのか。」
穏やかに聞こえるその声は、変わらず抗いようのない威圧がこもっている。
「お、おう。」
見破られていたことがちょっと恥ずかしい。
だってこんなの欲求不満だっていってるようなもんだし。
「…俺は、名前より部活を優先する。」
これからもそれを変えるつもりはない。
そう言われた気がした。
不安定で危うい、崩れかけた俺の足場が跡形もなく消えるような感覚だった。
ああ、だめだったか。とどこかで納得する自分がいた。
悪足掻きはしない。半ば諦めていたのだ。
しかし俺は、すぐに柔らかいものに包まれる。
少し寂しげで、不服そうな赤葦の横顔によって。
言葉はすぐにでてきた。
「それでいいよ。」
笑ってそういった俺を、呆然と彼は見つめた。
「それでいい。」
言いたいことは山ほどあった。その次くらいに俺を置いてとか、もうちょい構ってとか、色々。
けれど、確かに好き合っている。
その確信が、俺を無欲にした。
あっそ、と言いながらも微笑んでくれる赤葦が好きだ。けれどその微笑みの意味を俺は知らない。
20150411