「苗字ってぇ、イーイ身体してんね。」
こいつの、舐めるような視線が嫌いだった。
まるで品定めをするようなそれは、俺にとって不愉快極まりないものでしかなかったから。
「…ども。」
「あっ何そのつれない態度。」
「いや…別に。」
学年も部活も違うのに、度々俺のところに訪れては、一言二言の内容は違えどどこか似通ったようなことを話して去っていくその男が、一体何がしたいのか分からない。
僅かに聞いた噂が、及川徹という人を見る俺の目を少しだけ変えさせたが、それだけだった。
認めていなかった。ただの噂だと。
彼が、オトコが好きだなんて。
女子に人気の高い人だから、誰かからの妬みやらを買ってそんな噂を流されたんじゃないか、そんな程度だった。
「…やっぱり、無反応なんだ?」
今日、この日が来るまでは。
「俺が毎日毎日、用もないのにわざわざ会いに行ってさ。お誘いの言葉もかけてるのにさ。」
俺の上に馬乗り、苦しそうに眉根を寄せて囁くようにそう問いかけてくる先輩に、俺は黙るしかない。
「なっかなかキミ、落ちてくんないよね。」
「…はぁ。」
今のはため息ではなく、れっきとした返事だったのだが、この及川という男は気に入らなかったらしい。
「、それだよ…!それが腹立つの…!」
胸倉を掴まれ、殴られるかと思えばそうではなく、そのまま頭がそこへ押し付けられる。
「最初はただ、ちょぉっと俺好みだなって思ってただけなのにさぁ?話しかけても全然反応してくれないから、こっちもムキになっちゃうじゃん。」
「はぁ。」
「けどやっぱり年下カワイくなかった。」
知ったことかと、口を開きかけた。
でも、と続いた言葉に止められて、おとなしくそれを塞いで待ってやる。
「…球技大会の、試合のとき。」
球技大会。入学して早々に、学年の親睦を深めるために開催されるイベントだ。
貸し切った公共体育館に、全学年が集結して応援やら試合やらをするので、中々規模のでかいものである。
確か俺はその時、部活がそうだから、バスケの試合に出ていた。
「別人みたいにキビキビ動いてるし、声はってるし、イイ身体してるし。…かっこ、いいしぃ。」
なんなのもうなんなの。
ぼそぼそとこもった声がなさけない。
「アプローチかけてんのに気付きもしない。それとも、気付かないフリしてた?」
俺の噂、しってるんでしょ。
責めるようなその声音の意味がわからなかった。
けれど不思議と、いつものように冷たくあしらう気にもなれなかった。
「そっすね。」
「それ、どっちの意味なのかな。」
先輩の手に力がこもるのが分かる。
俺は少し考えて。
「両方。」
とだけ呟いた。
びくりと震えたその頭が、恐る恐ると此方を見上げた。
赤らんだ瞳は潤んでいて、俺を食い入るように見つめる。
「…ねぇ、」
「なんすか。」
「それって、さ。」
この男の舐めるような眼が嫌いだった。
その癖、いつも弱気になって茶化しながら、此方を伺うように誘いをかけてくるものだから、それが腹立たしかった。
俺の反応を見たいがために、遊ばれているのだと思っていたのだ。
「俺が、ゲイだって知ってて、」
自意識過剰、内心そう呟きながら、けれど当たっているとほくそ笑み、変によく香るそれを近づけようと、先輩のうなじに手を回して引き寄せた。
期待と不安が絡み合った、複雑な表情が強張る。
「そっすね。」
俺が待たされた分、この人にも待ってもらわないと割に合わない。
けれどそんなことをして、また道が遠退くのは面倒だ。
だから今この一度だけ、ここに熱く刻んでおくことにする。
20150318