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「…名前。」

何が楽しいんだろう。嫌がる男(つまり俺)を抱え込むように後ろから抱きついて、名前を呼んだり匂いを嗅いだりして。
理解不能。脳筋はこれだから読めなくて難しい。

「名前、シャンプー何?」
「ママシャンだからわかんね。」
「ママシャンって…!うける。」
「ネタに決まってんだろ黙れ。」

本を読みふける俺をよそに、人の髪の毛を弄るこいつは何がしたいのか。理解不能。

「でもすげぇいいニオイする。」
「はあ、」
「おれ、これすき。」
「ふーん。」

すんすん、と鼻息が頭に掛かる。妙な感じだ。
へへ、とはにかむように笑った灰羽は、俺の腹に回した腕を強く引き上げた。
めっちゃくるしいんだけど、オイ。

「灰羽、」
「なに?」
「離れろ。」
「え、やだ。」

てか何読んでんの。
話変えてきやがったぜこいつ。てかほんと痛いんだけど、お前の腕が俺の脇腹ごりごり当たってんだけど、いたい。

「…こんなの読んでて、眼ぇ痛くなんね?」
「少なくとも俺はならないしお前の腕の方が痛いね、離れろ。」
「無理。」

舌打ちをしてやれば、なんだよーと拗ねたような声が聞こえた。
続いて、左肩にごりっと抉るような激痛が走る。

「っでぇ…!」
「つれねーのー。」

俺の声なったはずの僅かな叫びにも気付かず、呑気に文句をぶーぶー垂れる灰羽に腹が立った。

お前の顎はドリルか何かか灰羽、お?
すげぇいてぇんだけど!離れろよ!

本を床へ投げ置き、左肩にある灰色の頭を鷲掴んで後ろへ押し返す。

ぐるりと身を捻ってやれば、何を勘違いしたかは知らないが、灰羽の緑の瞳の瞳孔が開いた。
嬉しそうに口角がむずむずと上がっていく。

俺はといえば、多分眼は据わってるし口もへの字に曲がってさぞ不機嫌な顔をしているのだろう。

「名前!」
「今から、しばらく、近寄んな。」

文節ごとにはっきりとそう告げれば、灰羽の顔がぴしりと固まる。

え、呆然とした顔をする灰羽から距離をとり、床に落ちた本を拾う。
さてさて、どこまで読んだんだっけか。
そこから俺の意識は全て、本の世界へと引き込まれていったのである。



感動的、とまではいかないが、納得のいく後味の良い終わり方だった。
確かに大団円のような最後を期待していたわけではない。
初めの主人公の独白の時から、主要な人物が亡くなってしまう事は明確であったけど、それでもすっきりとした、ポジティブな終わり方だ。

やっぱりこの人の作品は素晴らしい、と息づいたところで、視界の隅で携帯の画面を見つめるでかい男に気付く。

そして内心、げんなりとする。
こちらは今清々しい気持ちで一作読み終えたばかりなのだ。これから放置していた灰羽の相手なんて、面倒なことこの上ない。

いっそこのままもう一冊読んでしまおう、と新しい本を取り出そうとしたところで、灰羽がこちらに気付いた。

緑の瞳と表情が、ぱぁっと輝いた。
あれ、なんか予想と違う。理解不能過ぎだ灰羽。

「終わった?」
「お、おう。」

こちらへ寄ってくる灰羽は、まるで飼い主を待っていた犬のようである。

「じゃあ、いい?」

ぽわ、とほっぺたを赤くさせる灰羽に、俺は戸惑うばかりだ。
とりあえずそれを承諾すると、熱烈なハグをお見舞いされた。顎が肩に当たって痛かった。
なんたる不意打ち。読めん。

「ね、名前。」

きゅうっと細められた緑の瞳が、俺に訴えかけてくる。これは、何度も見たことがある眼だ。

「…好きだよ、さっきはごめんな。」
「んーん、俺もうざかったろ。ごめん。」

そうは言っても、灰羽は満足したように笑うのだから、俺の言葉の選択は正しかった。

「名前、」

いつも灰羽は読めない。わからない。
脳筋だからとかそういうのじゃない気もするけど、一番理解不能なのが。

「すきだよ。」

俺より身長も体格もでかいこいつが、受けっていうことなんだよなぁ。


20150301
20150304


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