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わんわんと騒がしかった去年までの教室は、ひそひそと囁き合うような話声によって独特な音の世界になっていた。

大抵のやつはもう進路が決まって、新たに始まる高校生活に気持ちが浮ついている。
けれど残された一般試験に向けて頑張る奴らに気を使っているのか、案外おとなしく、静かに毎日を過ごしていた。

因みに俺は気を使う方ではなく、使われる側である。本命は公立だ。
だがしかし私立専願で受かった俺の友人は、そんな事は微塵もせずに、受験終了モードで俺につるんでくるばかりだ。

けれどそれは自分のせいでもある。

「あー、高校生活でも苗字と三年間一緒がいーなっ。」
「無理だな。」
「ねえそれは不可能ってこと?それとも苗字が無理ってこと?」
「両方に決まってんだろボゲ。」

鋭いツッコミが入る。流石岩泉。阿吽の呼吸。

ひどいよっなんて言ってる及川と、うるせぇっていなしてる岩泉と、俺は、一応幼馴染みというくくりに入っている。幼小中、ずっと一緒だ。

こいつらには、公立を受けることを言っていない。

一応、私立は青城を受けたから、俺が青城に行くもんだと思ってるはずだ。それでいい。

「苗字?」
「ん?」
「難しい顔してどうしたのさ!」

にぱっと笑う及川が好きだ。
親愛、友愛、それらに当てはまらない好き、だ。

まだ一緒に居ていたい。とは思っているけど、岩泉がいるから、隣にはいれない。
なんだかなぁ、俺がへたれなせいで、不安定なこの場所に居ることが辛い。
その思いのほうが、大きいのだ。

「…なんでもねーよ。」
「てめぇがうるせーからだよクソ川。」
「岩ちゃんいたい!」

虚しくて嫌で、でも岩泉が嫌いになれるわけでもなくて。どうしようもなくて。
あーあーなんか俺のが悲劇のヒロインちゃんぶって空回ってるみてぇばっかじゃねーの!

と、どこかの何かが吹っ切れた俺は、よし公立に行こうと思い立ったのである。

当然、親も先生も俺は青城だと思っていたので、止められもしたし諭されたりもした。
一番俺を考え直させようとしたのは部活の顧問だった。

俺はバスケで、青城から推薦が来ていたからだ。

何度も話し合って、結局折れたのは向こうだった。
俺の意思は揺るがないものだったし、当然といえば当然なのだが。

けれど最後の話し合いで言われた言葉は、俺のナイーブなところをしっかりと抉っていった。

「何があったかは知らん、が、自分は最高の機会を逃したということだけは、忘れるな。」

それは、一時の私情の勢いに乗った俺を戒めるような声だった。

公立一般まで、もう時間はない。



高校に入って見慣れた姿が、一つ消えた。
幼稚園から中学まで、ずっと一緒で、ずっと見ていた彼が、俺の世界からいなくなった。

俺と、岩ちゃんと、苗字で、三人で。

さんにん。さんにんだったはずで。

中学に入ってから、段々とよそよそしくなっていく苗字に言いようのない寂しさが募っていたのは、懐かしいことだ。

なんだよ、なんて思って、変な意地をはった俺も苗字を避けたりもした。
ほら、ちゅーがくせいにはよくある話デショ。

まあ疎遠になるのは、お互い部活が違うから当たり前のことだったんだけど。

それでも俺は、すごく寂しかった。
苗字は、なにも言わずに、さっさとどこかへ行ってしまうやつだったから。

そうして俺は練習試合に行った学校で、あの頃とは違う苗字を見て、再び悲しみのどん底へ落とされてしまったのである。

昔っから耳慣れていた声が俺の名前を呼んで、俺の身体は弾かれたようにそちらを向いた。ほぼほぼ、反射だった。
その時、俺はとても嬉しくなった。
それと同時に、じわりと嫌な汗が出た。

「、苗字…?」
「おっ、やっぱ及川じゃん。」

知らない色のユニフォームだった。髪型も表情も、どこか確実に前とは違って、それでいて変わらずにも見えた。

俺の底冷えしていく脳内の原因はそれじゃない。

それで、となりのこは、だれなのさ、?

仲睦まじく、いやそれ以上に近い。
ぴたりと苗字の隣に立つ、俺の肩ほどない身長の、普通の女の子。
マネージャーだろうか、ジャージを着ている。

「…名前、戻ってるけど。」
「あー悪いって。」

不満げな女の子の声に、苗字が意地悪く笑った。

苗字を名前なんて呼んで、誰なの、きみ。

ざわざわと嫌な気持ちが胸の中で渦を巻く。

「及川。」

踵を返した女の子を追うように、背を向けた苗字は言う。

ねぇ、待って、いかないで。

俺の言葉は、苗字には届かなかった。
だってだって、この距離は遠すぎる。

「じゃあな。」

腕を伸ばせば掴めたであろう背中に書かれた楷書の高校名が、脳裏に焼きついて離れない。

岩ちゃんに、苗字のことは言えなかった。
ずっとずっと、彼に会うことはないと思った。



20150226
20150304


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