沈黙の15分。
これは、身体は子供頭脳は大人な某名探偵の劇場版の題名というわけではなく、本当にそのままの意味なのである。
正確には15分よりも短いかもしれないが、俺はそれくらい長く感じている。
親友が俺に馬乗りになって首筋に顔を埋めてきてから、俺はどうすることも出来ずにいた。
相手が女の子だった場合、俺はそっとその背中に手を回して耳元でどうしたのと優しく囁いていたことだろう。
だがしかし残念ながらその相手は男である。
しかも自分と身長がほとんど変わらない、デカイ男なのである。
ぬるい息がダイレクトに鎖骨のあたりに当たってなんだか落ち着かない。
あー襟元よれたTシャツなんか着るんじゃなかった。
「どしたよ黒尾ー。」
俺のモテ具合にびびったかー、とわざと明るい声で言ってみる。
俺は空気が読めないわけではないが、あえてそう、言ってみる。
視界の端にある、小学生が持つ手提げ袋程度の大きさの紙袋の周りには、当日が休日に被るからという理由で、フライングバレンタインと称して貰った義理チョコ達が散乱している。
全部市販の物だ。
先程までにやにやとした笑みを浮かべてそれらを物色していた黒尾は、いきなり何を血迷ったのか俺目掛けて突進してきたのである。
そうして冒頭に至る。俺は全く状況を読めていない。
「…んで、」
「あー?」
ぼそぼそと喋る奴に聞こえないぞという意味でそう返す。
すっと顔を上げた黒尾の表情を見て、俺は固まるしかなかった。
すげェ怒ってる。眼が殺気立ってる。
「なんで本命なんか貰っちゃってんだよ名前クンよォ。」
「…は、」
何だろうこの理不尽な怒りは。
俺何にも悪くない気がする。
黒尾が俺のシャツの胸倉を掴む。あーこれもう使い物にならねーかなって思いながら、よれた襟をちらりと見やった。
「意味わかんね。そんなの俺の勝手じゃん。それとも何、自分義理しか貰えなかったから僻み?」
無言の視線での攻防戦が続く。
取り敢えずなんか言ってくれよと内心で黒尾に懇願していると、奴は小さくため息をついて、何やってんだかなと呟いた。こっちが聞きてえよ。
「名前。」
「なんだ」
よ、と俺が言い終わるより先に。
いきなり顔を近づけてきたと思えば、ちゅっと可愛らしいそんな音が室内に響く。
俺は何が起こったのかわからなかった。
「はやく気づけよバーカ。」
今気付いたことが一つ。
「お前、俺のこと好き過ぎか。」
黒尾は眼を見開くと、じわじわと顔を赤らめながら、唇を悔しそうに噛んだ。
「そうだっつってんダロ、前から。」
その言葉に思い当たる節がいくつかあることを思い出した。え、なにこれどうしよう。
親友とおほも街道まっしぐらってか?笑えねーよ冗談じゃねえ。
でも、それが特別嫌だという気がしないのは何故だろう。
「…わーマジか、あれ全部本気だったのか。」
「ボクは名前くんに弄ばれています。」
「人聞きわりーな。」
胸倉を掴んでいた手は縋るように握る手へと変わって、黒尾は耐えられないというようにそこへ顔を埋めてしまった。
「名前、」
顔を埋めたせいでくぐもった声が俺を呼ぶ。
「なんだよ。」
「…キス嫌がらなかったってことは期待していいってことだよな。」
早口にそう言われて、俺は特段考えることもせずに、さあねと言った。
「期待すっから。」
「ご自由に。」
「あと、俺は義理しか貰えないんじゃなくて、義理しか貰わないんだよ。」
「…ふーん。」
にたりと意地の悪い笑みを浮かべた黒尾に腹が立ったので、俺は鼻の先が触れ合うか触れ合わないかのところまで顔を近づけた。
「じゃあ俺も今度からそうしてみようか。」
黒尾のアホ面がよく見えて満足した俺は顔を離して盛大に笑った。笑ってやった。
「、っんのやろ…!」
再び掴みかかってきた黒尾を見つめながら、このTシャツは思い出の品として残しておこうと決めた。
20150219
20150304