HQ | ナノ

こちらと繋がる。

※事後描写あり

眠れていない。最近ずっとそうだ。
原因は大方予想は付いている。あのひとのせいだって。

「彼女できた!」

人の気も知らないで、あの天然タラシ男。
早く愛想つかされて終わればいいのに。
拗ねた俺の恋心というやつは時間が経つごと経つごと捻くれている。全部あの人のせい。

大分前に痛い目見たばっかだろ。私と後輩、どっちが大事なのって。
それであんたは付き合いの長い後輩、つまり俺を、選んだんだろ。
自分の交友関係にとやかく言われる筋合いはないって。

あの女も馬鹿だよな、苗字さんにいつも一緒にいてもらってたくせに。
束縛が強すぎたんだよ、ただの後輩でしかも男の俺との約束も許さないくらいだし。

ああ、それとも気付いてたのか。俺が苗字さんのこと好きだって。
女の勘は舐めない方がいいって、木葉さん言ってたもんな。

むかむかとして気分が悪い。
夕飯も食う気になれなくて、ぼすんと安物のベットに身を投げる。
苗字さん、何してるかな。新しい彼女の隣にいんのかな。すげえやだな。また飲みに誘おう。
そんなことを考えていれば、だんだんと睡魔がやってきた。
目蓋が重くのしかかる。そろそろ身体が限界らしい。
眠れることに僅かに安堵しながら、俺は目を閉じた。



アパートの階段を上る足音で目が覚めた。
別にこのアパートはそこまで壁が薄いわけじゃない。その足音も、特別大きい音ではない。
なのにぱちりと目が冴えてしまった。

ただいま21時7分。寝たのが19時くらいだったから、2時間くらい寝たことになる。
小腹も空いたので、カップ麺でも食べようと湯を沸かしに台所に行くために身体を起こす。
その時、丁度インターホンが鳴った。

「赤葦ー?」

それは苗字さんの声だった。
急いで扉を開けると、なんだかすっきりとした表情の彼が、でこぼこと膨らんだコンビニのビニール袋を持って立っていた。
見ただけでわかる、飲みの誘いだ。
そして内心、俺は自分に少し嘲笑した。足音だけで苗字さんだと耳が反応するなんて、もう末期だなと。

「苗字さん、どしたんすか。」
「酒盛りしようぜ。て、赤葦髪の毛、」
「え。」

頭に手をやると確かに、元々の癖よりひどいものがぴんぴんと髪を跳ねさせていた。
おそらく寝癖である。

「あれ、もしかして寝てた?寝癖?」

申し訳なさそうな苗字さんに大丈夫ですと断って、中に入れる。
ぱっと楽しそうな表情に戻った彼は、レポートにでも追われてんのかと笑って俺の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でた。
続いて目の下をゆっくりとなぞられて、背筋がぞくりとした。なにすんだこのひと。

「クマできてんぞ、若ぇんだから身体は大事にな。」

立ち竦む俺をよそに、勝手を知り尽くしている苗字さんは靴を脱ぐとさかさか中へ入っていく。
若いって2つしか違うだろ。てかあんた誰にでもこんなことすんのか。

悶々と言いたい言葉が募るも、俺はそんなことを言える立場にいない。
それを言って許されるのは、

「あー俺ももうちょい若かったら女の子に逃げられずにすむかな。」

その言葉に、脳の活動が停止した。逃げられ、た?

「…もう、別れたんですか。」
「至れり尽くせりが今度は仇になった。あーしばらくお前と飲むの我慢してたってのに。」

どくりと心臓が騒ぐ。
落ち着け、苗字さんは何も考えていない。あの発言に深い意味はない。

「あの、俺まだ飯食ってなくて、湯沸かしますけど、カップ麺いります?」
「ん、サンキューな、俺はいいよ。」

もう一度頭を撫でられた。苗字さんはそんなに、辛そうな顔をしていなかった。

「あかあしー、早くしろよー。」
「はい、今行きます。」

水の入ったポットを火にかけて後にする。

プルタブがこじ開けられて、密閉が解かれる爽快な音が聞こえた。
それはもしかすると、俺の溜めていた物を抑えていたタガが外れた音と、ちょうど被っていたかもしれない。



名前さんはお酒に強くない。特別弱いわけではないが、飲むと著しく記憶力が低下する。
大抵飲み会のことは覚えていない。

だからきっと、今こうやって俺と汗だくでベットに転がっていることも、その前にしていたことも、酔いが冷めれば忘れてしまう。

それでいい。それでいいんだ。
何も知らない明日の彼に、今この事実があったことを立証できればそれで。

「…赤葦。」
「はい?」
「なに、そんな笑ってんの。」

名前さんの指が俺の頬を優しく撫でる。
少し気だるげで酔いに浮かされた眼が弧を描いて俺を映している。
まるで愛しいものを見るみたいだなと思って、少し恥ずかしくなった。

「今度は、赤くなって、」
「名前さん。」
「ん?」
「すげえ、しあわせです。おれ。」

頬に当てられた手に自分の手を重ねる。
本当、もっと早くにこうしけばよかったんだ。

「…お前、かわいいなあ。」

酒気を帯びたそれを、今度は素面で感じたいなと思った。



20150213
20150304


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -