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「苗字、りんご。」
「…いいよ、食欲ねぇ、し。」
「摩り下ろしてるから、ほら。」

あー頭痛いガンガンする。いやぐらぐらしてんのか?となるとこれは幻覚か。
薄い黄色の水っぽいそれを、スプーンですくって俺に向けてくれる赤葦は、幻覚なのか。

「いい、て。」
「なんにも食べてないって言ったの苗字だろ。とりあえず食べろ。」
「…んー。」

だるい身体を少し起こして、唇に寄せられるスプーンを受け入れる。
しゃくしゃくと繊維質なそれは、冷たいだけでなんの味もしなかった。

「これなに。」
「りんごっていったろ。」
「鼻つまってて、味わかんね。」
「かめよ。ほらティッシュ。」
「んー。」

ずごごご、と鼻から凄い音がした。
結構な量が出てきたようで、鼻腔がすっきりする。
息を吸い込むと、ほんのりりんごの味がした。
出てきたものは見たくもなかったので、ティッシュを包んですぐにゴミ箱へポイ。

多分、膿みたいな色してんじゃねえかな。というと赤葦に汚ねえよとこつんと頭を小突かれた。
病人である俺を最大に配慮した赤葦のツッコミの優しさに、正直泣くかと思った。


朝起きると声が出なかった。
頭はぐらぐら煮出ってるみたいに熱いし、身体の節々が軋むように痛んだ。
ああ風邪だ、ってわかったから、物凄い嫌だったけどすぐにケータイを手に取った。

前日から喉の調子が可笑しくて、心配してくれた友達には一人カラオケ行き過ぎたって嘘をついた。
お前超寂しいなって同情された。
カラオケくらい一緒に行ってやるよだって。ウケ狙っただけなのに。

さてと話は戻って、俺は今日、赤葦との久方ぶりのおデイトだったのである。

風邪だなんて言ったら、赤葦は心配して絶対に見舞いに来てくれる。

俺的には赤葦に風邪うつすくらいなら、ドタキャンしてしばらく怒られてる方がずっといい、と思ったので、ラインで今日やっぱり無理だわって送った。
これが俺の朝一番の行動。心苦しいことこの上なかった。

なんて思っていると速攻で電話かかってきた。
相手は言わずもがな、赤葦である。

なんだなんだと混乱しつつも応答のボタンを押せば、低く唸るような声の赤葦がどういうことだと問い詰めてきた。

「俺との約束より大切なことって、何。」

ものすごい寒気が襲ってきた。ので、正直に白状した。
愛するお前に風邪なんてうつしたくないんだとかそういうことを言った気がする。
声もガラガラで全然出なかったし、そんなキザっぽく言えなかったと思うけど。

すると赤葦は一言ふうんと言うと、家の鍵開けとけとだけ言って電話を切った。
声音は先ほどとは比べ物にならないくらい穏やかだったが俺はかなり困惑した。え、来るの。

そうして冒頭に至る。

部屋に入ってきた赤葦はまず、俺の額に軽いデコピンをかました。そして、ドタキャンするなら俺が納得する言い訳を用意しろと脅して、冷えピタを貼ってくれた。
前後の行動があまりにもツボだったので熱上がった気がする。

「…赤葦、」
「何。」
「ごめんな。」
「いいよ、別に。」

摩り下ろしたりんごだけ食べて、赤葦が用意してくれた他の果物やゼリーは食べられなかった。
お粥はどうだと言われた時は流石に揺らいだ。
赤葦お手製粥とかちょう食べたい、でも食べきれなかった時が申し訳ないので後でと断った。

赤葦はなんでもできるなぁと思う。本当にお母さんみたいだ。
恋人だけど。俺にはもったいないくらいの。

「あかあしぃ…。」
「…なんだよ。」
「けっこんしよ…。」

ぽろり、と口から出た言葉。
これは常々思っていたことだ。赤葦結婚しよう。
言葉に出してみれば、俺にとっては簡単だったけれど、赤葦には難しいことかもしれない。

反応のない赤葦を見やれば、顔を真っ赤に染め上げて、俺の顔を呆然と見ていた。

「寝言は、寝て言え。」

ふいっと逸らされた顔。

思わず、手が伸びた。赤葦はそれを拒まない。
赤いほっぺたをさすって、後頭部に回して引き寄せる。

「赤葦、」
「おまえ、なに、」
「すげー好き。いっつもありがと。」

あと風邪うつったらごめんね。
責任は全部結婚して負います。


title:午後3時のあなたはとめどなくひかっている

20150219


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