あ、トイレいきてぇ。
下半身がもぞもぞそわそわしてきて、そう思った。
「赤葦ー、俺トイ」
レ行きたいから離れるぞ、といおうと体育座りした両足に力をいれて、腰を浮かそうとしたところで、それを阻むように胸元に何かが倒れ込んで来た。
言わずもがな、赤葦である。
おい、と眼下に広がる黒い癖毛の頭に声をかけようとして、止めた。
とろりと甘やかな瞳が不満げにこちらを見ている。
ああもうこいつなんでこんな可愛いの。
「ごめん、なんでもない。」
「ん。」
前へ向き直り、再び月刊バリボーを見始める赤葦の腹に手を回して、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
赤葦は何も言わない。
ほんと、バレー好きだなあ。
「俺は赤葦をバレーに取られないか心配だよ。」
ふとそんな事を口に出していた。
赤葦はページをめくる手を止めず、ただふうんと返事を返してくるだけだった。
すこし、面白くなかった。
彼の浮気相手はバレーだ。断言していい。
だからその浮気相手と、いつか俺を置いて行ってしまうんじゃないかと気が気ではない。なんともアホらしい心配事だが、割と本気で思っていたりする。
耳たぶに何回も口付けて、つむじにも同じことを繰り返してやる。
赤葦の香りをすんすんと嗅いでいると、その肩が僅かに揺れ始めた。そろそろかな。
多分こっち向いて、なんか不満を漏らしてくるはず。
ぱしんっ、と勢いよく閉じられた月刊バリボーは床に降ろされ、その持ち主は俺を振り返った。
ほっぺたがふわりと赤い。
「…俺は苗字とのデートと練習試合なら、間違いなく練習試合を優先させるよ。」
「うん分かってるけど面と向かって言われるとなんか落ち込む。」
赤葦の口から出たのは、不満ではなかった。
なんだかものすごく寂しい気分になる。
腕に力を込めて赤葦をもっと近く引き寄せた。
「それでも、」
耳元で囁くように、勿体ぶってきられた言葉。俺はオアズケを食らっているように思えた。
本人にその気は無いのだろうが。
「俺が逃げ込みたくなるのは苗字のところだし、何があっても最後に頼れるのはお前なんだ。」
お返しだ、とでもいうように耳元にかわいらしい音が大きく響いた。
それよりも前の言葉が俺を歓喜させていたというのに。全く赤葦は俺の扱いをよく分かっている。
むらむらっときてしまった俺は、赤葦の腰を引き寄せて準備万端ですアピール。
「…おい、」
「赤葦が可愛いことすんのがワリィ。」
「無理だって明日部活、」
「赤葦。」
抵抗する手を握ってちゅーしてやる。
身体が強張った赤葦を嬉々とばかりに押し倒し、手を床に押さえつける。
よしそれじゃあイタダキマスといこうとしたところで、赤葦が人でも殺せそうな眼力で見てきたので思わず動きが止まった。
「トイレ行きたかったんだろ、行ってこいよ。」
こう、ちゅんってね。きゅんっじゃなくて。
ちゅんって、俺、なっちゃったから。
「…ハイ。」
のそのそと前屈みにトイレに行くという選択肢しか、俺にはなかったのである。
title:君だけでできた僕
20150214