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四塚マリンワールドの改修工事が終わったという情報にクラス中が騒がしくなっていた。
俺はといえば朝のニュースでそれを知ったのだが、ふーんそうところで今週雨降るのなどとお天気お姉さんの登場を待ちわびていたのであまり興味はなかった。
正直プールよりは海の方が好きだし夏じゃないと気分乗らねえんだよなぁ。

リニューアルオープンしたマリンワールドの話題で持ちきりの中、俺は苗字も行かねえ!?とやたらハイテンションなクラスメイトのヤツに誘われる。
これははっきりと行かないという意思表示をしないと確実に連れて行かれるパターンだ、と悟った俺は右手をさっと眼の前に出した。

「俺はいい。」
「荒船行くってさー!!」
「おいばかやめろ!」
「マジで?!あ、わり!苗字は?聞こえなかった。」
「行く行くチョー楽しそう!!」

いえーいと謎の意気投合でハイタッチを交わした俺たちは全く同じ気持ちなんかではない。
彼は純粋な期待、俺は汚ねえ下心である。

かくして、俺の意思はばきりと折れ、荒船とプール(プラス愉快な仲間たち)という素敵な予定が週末に組み込まれた。


前に来た時より、海っぽくなってる。
というのが今日マリンワールドに来た俺の感想だ。
マリンという名前に拘ってか、ここはビーチがあったり波が起こったりするので本物の海みたいにも見える。めっちゃ室内だけどな。

リニューアルオープンしたばかりとあって、まだまだ寒い日が続いているというにも関わらずマリンワールドは大盛況である。そう、つまり人が多過ぎる。

謎の叫び声をあげながらビーチを全力疾走していく高校生集団を家族連れやら綺麗なおねえさんやらが眼を丸くして見つめている。
うわあやだなあいつらのツレだと思われるの。
まあツレなんだけど。つかこの人の多さなら、はぐれてしまう可能性もなきにしもあらず。

これは、何人かで移動したほうがいいよなあ。
誰々残ってんだっけ、えっと、

「あいつら元気だな。」
「ぅっおおお?!」
「は?なんだよ。」

背後からかかった声がまさかの荒船だった。
めっちゃビビった。佐藤くんかと思ってた。

「いや、荒船もあの集団に混ざっててっきりスライダーにでも行ってんのかと…。」
「…いや、ああいうのは、あんまり。」
「あ、そうなん?」

意外だなあと思った。好きそうなのに。
さっと眼をそらされてしまって非常に残念だったが、周りを見回して気付く。
見知った顔が、一人もいない。

「荒船さん荒船さん。」
「なんだよ。」
「あいつらどこいったかな。」
「…スライダーだろうな。」

う、わー…は、えっちょっとまってこれ、えっ。
俺、今、荒船と、二人っきりってこと?!
いやまて落ち着け苗字名前、クールダウンだ。
俺泳げなーいとか言って荒船に水泳講座を開いてもらえるチャンスだとか、油断も隙もねえやつだな俺。

それにいきなり別行動しようぜなんて言ったら、え、なんで?ってなるだろ。ここは当たり障りなくだな、話を始めていくのがいいんだよ。多分。

「あ、あららら置いてかれちゃったなー。」
「…苗字は行ってこいよ。俺は勝手にどっかで時間潰しとく。」

全然そんなことはなかったらしい。
荒船が行かないなら俺もいかないけど!?
願ってもないチャンス!別行動大歓迎です!
とは露ほど顔に出すことなく、俺は気持ちにこやかに荒船に言う。

「んー俺もやめとく。」
「、いいのか。」
「この人の多さじゃ時間もかかりそうだしな。…とりあえず連絡…はムリか。」
「誰もケータイ持ってねーだろ。」

だよなあ、プールだしなあなんて当たり前のこと言って笑っただけなのに、荒船もちょっと笑ってさんきゅって言ってくれたのすげえよかった。ときめいた。

「腹減ってる?」
「そうでも。」
「んじゃ、あっちの海っぽいとこ行こうぜー。」

その時一瞬、荒船の顔が強張って見えた気がした。


「あの、荒船くん。」
「なんだよ。」
「いや、その、大丈夫かなーって。」

俺としては、ものすごぉく美味しい展開なんだが、荒船のプライドとかそういうのが彼を奮い立たせているのだとすれば申し訳なさで溺れそう。
ちなみにまだ胸のあたりまでしか浸かってません。

荒船の手を引いてなんとかここまで来たのだが、荒船のもう片方の手は顔を覆っているので一瞬泣いてんのかなと思ってしまう。

「俺はお前が溺れないかが心配だ。」
「一応俺泳げるよ。ほら。」
「おいやめろっ!手ェ放すな!」
「ごめん!」

お前そんなに水嫌いだったの。初耳だよ。
なんで今日来たの、と口に出しそうになって黙る。
あいつらの押しの強さなめちゃダメ。ゼッタイ。

にしてもぎゅーって手ェ握ってくる荒船可愛い。
水に浸かってるおかげで手汗もばれないから俺はけっこうほっとしていたりする。

さて、なぜ俺が荒船の手を引いてあまり人気のない深間へ来ているのかというと。
先ほど荒船から泳げないというカミングアウトを受け、泳ぎをレクチャーしてほしいと頼まれてしまったからである。断れるわけがない。

ただ泳ぎって習うより慣れろ、だよなあと考えて、少し足がつくかつかないかのところで感覚を掴んでもらってからにしようとしたわけなのだが、今回ばかりは優等生な荒船くんも苦戦を強いられているらしい。

これ、足を浮かすのもすでに難関かもしれん。
ついに肩がぎりぎり沈むか沈まないかのところまで来て、正直俺の手が潰されそうなので進行を止める。

「もうやめる?ここにしとく?」
「…いや、まだ。」
「ごめん聞き方が悪かった。ここにしようか。」

いや、の時に荒船は力んじゃったのか、握られてる俺の手が変な音をたてた。
痛かったけどこれはこれでときめいた。
あとあの聞き方はダメだ、荒船が無理をしてしまう。

とりあえず、段階を踏んでいってみよう。
小学校は、まず水に顔をつけるところから始めてた気がする。

「荒船、水に顔つけれる?」
「なめんな、それぐらいはできる。」
「じゃあ頭のてっぺんまで浸かれる?」

沈黙。手に力がはいったのでノーと受け取ります。

「頭のてっぺんまで浸かってみるか。」
「…おう。」
「俺も一緒にやるから。」
「お、う。」
「せーので浸かるぞ、いいな?」

言葉が出なくなったらしい。一回頷いてみせた荒船の破壊力がやばくて、浸かったらそのまま浮上できなくなりそう。だめだそしたら荒船がしんじゃう。

水面をじっと見つめていた暗い紫の瞳が、すがるように俺へと目標を変えた。

そこで俺は、荒船のこんな姿は他の誰も見たことないんじゃないかって、自分が特別みたいに錯覚した。
自意識過剰である。でも舞い上がりそうなほど嬉しくなって、心臓がうるさく騒ぎ始める。

片手だけじゃ足りなくて、もう片方の手も繋ぎたくて指を絡めたくて、そうした。
びっくりした荒船の顔が俺を見つめたまま、ぶわりと赤くなっていった理由がわからないなんてかまととぶっちゃいられない。

「荒船、」

紫の眼が大きくなった。はっとした。

「俺が溺れたら人口呼吸頼む。」
「な、に言ってんだ、…こっちの台詞だろ。」

俺の両手を振り払って、勝手に一人で水の中に潜っていった荒船。追いかけるように俺も潜る。ゴーグルもなにもつけてないから、眼を閉じていた。

荒船が自主的に水に潜るなんて、とちょっと感動しつつ音がほとんどない感覚を楽しみ、クールダウンをはかる。勢いだけで告りかけた自分が怖い。

荒船は水にビビってるだけなんだよねわかるわかる。だからあんな顔しちゃったんだよね正直俺以外に見せて欲しくない。

抑えがだんだんきかなくなってきてる気がして、本当に自分が恐ろしい。荒船に他意はなにもないのだとすぐ調子にのる自分に何度も言い聞かせていると、頬のあたりに何かが触れた。なんか柔らかい。…なんだこれ?

ゆっくりと眼を開けると、目の前はぼやぼやしてて青くて暗くてよくわからない。
眼を凝らそうと眉を寄せた時、目の前は突然真っ暗になって、唇に柔らかい感触がした。

ごぼごぼと、口から空気が逃げていく。
その感触がなにかっていう、想像がついてしまったのだ。眼が慣れて、目の前はもう暗くなかった。

足をついて水面から顔を出すと、荒船がそれはそれはかわいい真っ赤な顔でこっちを見ているではないか。

「、なんだよ、溺れてるのかと思ったぜ。」

嘘だ。絶対嘘だ。これは絶対に、他意がある。



20151211
20151228


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