あまり知られていないが、迅悠一には兄弟がいる。
血を分けているわけでも杯を交わしたわけでもないが、同じ師をもつ、ただ一人の兄がいる。
迅はあまり自分のことを人に語らない、しかしそれ以上にその兄の存在感はボーダー内で希薄だ。
ゆえに、迅悠一はいまだひとりっ子と認識される。
迅悠一はそれを良しとしていた。
例えば、二人で食事に行ったところを偶然見つかっても、仲が良いと言われるのにとどまること。
兄と知れば、その意味は固定されてしまうからだ。
迅悠一は、自由人で、少し性悪で、女好きな兄弟子に、何より確かな、親愛ではないもの抱いている。
自らの師匠を武器とする弟を持つ男がいる。
姓が同じなわけでも腹違いなわけでもない、全くの他人だが、同じ師をもつ、唯一の弟がいる。
いつも先を読んで飄々とする可愛くない弟は、彼にとっては何年経とうとかわいいまま。庇護の対象だ。
ゆえに、男はいまだ独り身なのだと同情される。
しかし男はそれに満足していた。
好きで仕事をして、好きでかわいい弟を構って、好きで独り身でいて何が悪い。
そりゃあ確かに昔はくだらない喧嘩や嫉妬をしては傷つけたり泣かせたりしたけれども、今はもうその弟が、迅悠一が愛しいのだから仕方がない。
二日に一度は掛かってくる電話がならない日は、自ら腰を上げて声を聞きに行く。
もう兄離れをしつつある弟が、また来たのかと呆れたように口を開くならば、兄貴風吹かして、会いたかったくせにと言い放つこのどうしようもない口を、そろそろどうにかしてやらなければいけない。
と、焦り始めた今日この頃。
確かに、良い機会だとは思った。
風刃没収されて、ちょっとは落ち込んでんじゃねえかって。そりゃあなに簡単に渡してんだとは思ったけど、あいつにはあいつなりの考えがあってやったことだからって、俺なりに信じてるから言及する気はあんまりなかった。
でも正直に言う気にもなれなくて、いつも通り俺はうっとおしい兄貴のままだろうなあと考えていたのに。
「また来たんだ。」
「嫌なら逃げればいいんじゃねえ?」
「…そうだよなあ、」
珍しく、お前が弱ったみたいな声を出すから。
「おれのこと、きらいになる?」
「は?」
「怒る?軽蔑する?」
縋ってくるような眼をするから。
「…ならない。」
ぽろっと、本当無意識に。出てきちまったじゃん。
「怒らないし軽蔑しない。お前のやったことが結果的に意味のあるものなら俺はなにも言わない。」
「、なにも言わないだけじゃん。」
「そうだ。これからも変わらない。俺は会いたいと思った時にお前に会いに行くし、お前が勝手に何かしても心配はするけどいらない手は出さないように気をつけてるつもりだ。」
見開かれていく瞳に気付いても、止まれない。
「溜めてるもんの処分に困るんなら俺に押しつけろ。昔の傲慢さはどうした。遠慮するな。つってもお前はするから目に見えてひどいようなら今後は勝手に俺が引きずり出すぞ。いいな。」
「え、なに、なにが…。」
呆然とした迅の姿は久しぶりだった。
けれど、それもすぐにそっかと納得したようにいつも通りのへらっとした表情に戻る。
「兄貴だもんなあ、名前は。」
眩暈がした。ここまで言ってこうなのだから、わざとなのかと思う他にない。まさか、牽制されてる?
「…お前はそれでいいよ。」
俺は全く、折れてやる気なんてないからな。
20151123
20151228