※高校生時代
「好きなやつ、…できちゃってさあ。」
ぶっきらぼうにそう言って、へにゃりと少し気恥ずかしそうに緩んだ表情に、心臓がどくどくと騒ぎ出す。
それは八方からおさえ込まれて、いきぐるしい。
どうしてだろう。よかったなと、素直に喜べない。
苗字が嬉しかったら俺も嬉しくなって、楽しそうだったら俺も楽しくなって、悲しそうだったら俺も辛くなって、ずっとずっとそうだったのに。
どうしようか。何を言おうか。
おめでとうなんて言葉は口から出てこない。
どうしてだろう、言いたくないんだ。
ただ曖昧に笑ってみせる。開いた口は何も言いださない。どうしようか。
「…誰、なんだ?」
今の言葉は、誰が言ったんだろう。
俺の声で誰が言ったんだろう。そんなバカみたいな疑問を抱いたところで、言葉はまっすぐに苗字に向かって行ってしまった。
途端に彼の顔に燃え広がる色。
あたふたと挙動不審になるおまえに、俺はどうしてやれそうにもないんだと、何故か申し訳なくなる。
「それ聞く?聞いちゃう?」
「やっぱりだめか?」
「いや、なんか恥ずいなって…。」
まごつく苗字の口から出てきたひとの名前は、俺もよく話すクラスメイトの一人だった。
良くも悪くも、しゃべり上手なひとだと俺は思う。
「すげーかわいくてさあ、…話しかけたい。」
「そこからなのか。」
「ま、まあな!これからだって!」
これから、とは?
背中を叩く手のひらはいつも通りなのに、いつも以上にだらしない顔をして歩くその姿が、どうしようもなく遠くて引き戻せそうにない。
…引き戻す?苗字を?どこへ?
答えはまだ、出てきそうになかった。
「嵐山くん、じゃあね!」
苗字がかわいいと頬を緩ませる笑顔を見せて、彼女は手を振って俺に一つ挨拶をする。
俺も軽く手を振って返した、ところで、見慣れた姿が教室の入り口からこちらを見ていることに気づいた。
その表情はまさに、絶句というのがしっくりくる。
咄嗟に身体が動いて、まだこちらを見ている彼女なんてお構いなしに、俺の足は苗字の方へ踏み出した。
「苗字ちがうぞ!」
「また、メールするね!」
「また…?またメールって…。」
「ちがっ、苗字!」
やめてくれ。そんな顔は見たくない。
引き止めた苗字の引きつった表情を少しでも和らげようと、その時の俺がなにをどう話したのかは、全く覚えていない。
「えっ赤木さんと仲良いの!?」
「ああ、まあ、そこそこ…。」
ただ今の苗字は興味津々という様子で俺に詰め寄ってくるので、結果オーライという、ことなんだろうか。
「じゃ、赤木さんの好きな食べ物とか、趣味とか、ほ、ほくろの位置とか…知ってたりする?!あっいや別に知らなかったら知らなかったでいいんだけど!」
知ってたらなんか複雑な気持ちになりそうだ、とストレートに伝えてくるのが、おまえらしいなあと思う。
好きな食べ物、好きなアーティスト、それくらいなら知ってるけど、なんとも思ってない人のほくろの位置なんて見たりしないんじゃないか?
少なくとも俺はそうだし、知っていても教えたりなんかはしないだろう。
襟首に隠れてるおまえのほくろのことは、俺だけが知ってたらいい。そう思うものじゃないかな。
20151118
20151228