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やはり迅にとっても、誕生日というのは重要かつ特別な日だったのだろうか。
いや、もしかするともっと前から鬱憤は溜まってたのかもしれない。それがちょうど、コレきっかけでぷちんといってしまったのかもしれない。

「もう、いいや。」

普段より低く諦めきったようなその声に、なにが、と尋ねても迅は答えなかった。
無視かよ、なんて相手するのが面倒くさくなって、大きくため息を吐く。

最近どうにも疲れが溜まってて、普段ならほっとくところをなーぜーか、拾っていらいらの燃料に加えてしまったのに後悔したのは、自分自身が落ち着いてからになる。

なにも言わず、迅は荒々しく玄関から出て行った。

この時俺はすんげえ腹が立って、一時間前まで逃げ出したくて仕方なかった本部にもう一度足を運んだ。
むしゃくしゃしたらとりあえず仕事。
悲しきかな、骨の髄まで沁みついてしまった社畜のサガというやつである。その分同僚たちから熱烈なハグとラブゴールを受けた。二日くらい風呂に入ってないやつらばっかりだったし全然嬉しくなかった。

迅が俺の家に来なくなって、早くも一週間と四日が過ぎた。あの時悪かったのは完璧に俺の方だと気付いたのは一週間後のことである。
遅かったのではない。時間が流れるのが早かった。忙しすぎて。

確かに疲れてたからと言って、夜勤の先輩のためにわざわざ家に来て飯を作ってくれるようなかわいい後輩を蔑ろにするのは許されることではない。最も、誕生日を忘れるなんて所業言語道断である。

ただ、言い訳するわけじゃないが、そんな大切なことが頭から抜けていたあの頃の俺は、緊急の呼び出しが続いたせいで二週間のお休み返上で、加えて大破してしまった訓練室復旧にあたって三徹はしていたし、日中に度重なるシステムダウンで昼休憩さえなく、はっきり言って意識があること自体奇跡だったのである。

寛大な後輩よ、もうちょっとくらい大目に見てほしかった、なんて、図々しいにもほどがあるか。

さて、先ほども言ったように一週間(正しくは11日間)が経ったわけである。俺はあの日のことを本当に申し訳ないと思ってるし、謝りたいし、要求されれば謝罪の品としてぼんち揚げでもなんでも献上する所存なのだが、いかんせん迅と会えない。

基本的に、俺は夜勤の人間である。それに支部に所属しているわけもなく普通に本部勤めなので、迅と顔を合わせる機会は少ない。
そもそも、真っ昼間から暗躍をする実力派エリートな迅とは生活サイクルも仕事内容も全然違うのである。

というか人生イージーモード極められそうなサイドエフェクト持ちの迅がその気になれば、特定の人物との接触を断つなんてこと朝飯前だろう。うん、よく考えるとマジでこれはやばいんじゃなかろうか。

そう、俺と迅のこの関係は(…というと何やら妖しい雰囲気漂うワードになるがとりあえずそれは置いておき)迅が俺の家に来ることによって成り立っていたものなのである。

「…どうしたもんか。」

空になったプラスチックの弁当箱に割り箸を放って狭いキッチンを見やっても、明かりはついてないし迅だって立ってない。
一人でいることが当たり前なのに、それがなんとなく違和感で、呆然とした。

なんとかしねえと、ダメだな。
そう思った。迅がいないってことがちょっと考えられなくて、そこでようやく俺はどれだけ迅に尽くされてたのかって分かって、その意味も、なんとなく察した。

しかし開いたメッセージアプリの迅とのトーク画面を見て、その思いも打ち砕かれる。

最後のメッセージは確かに一週間前だった。けれどそれは迅からのもので、その前も、その前の前もずっと迅からのメッセージが続いている。俺は焦って画面を叩くようにスワイプしてメッセージの履歴を見た。

先ほどまでの、なんとかしなくちゃだけどまあなんとかなるだろとかいう根拠のない余裕は無くなった。心臓が何かに圧迫されて、手のひらが汗ばむ。

「…うそだろ、」

俺が最後に迅にメッセージを送ったのは、もう一ヶ月も前のことだった。



20160416


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