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「にの?」

ふとした時、他のものに込められることのない、それだけに含まれた柔らかなニュアンスの言葉を聞きたいと思うことがある。
そういう時は、その言葉を持つ人間を黙って見つめていればいい、と二宮はずいぶん昔から心得ている。

「どうしたよ。」

一言で満足して、なんでもないという代わりに視線をテキストの方へと下ろす。
そうすると、真向かいから楽しげな声でなんだようと言って、こちらに身を乗り出してくるものだから、やっぱりおまえは簡単だと彼は少しだけ安堵した。

「別になにもない。」
「いーやある!今のにのちゃんのおメメは、おれになんか伝えようとしてた!」

変なところ鋭くて、大切なところは全く拾わない。
純粋な興味で出来た真っ黒の瞳は面白そうな表情のせいで弧を描く。

そんな相手を、二宮はばかみたいに正直だと不愉快に思って、けれどそれを認めてここまで一緒にいるんだろうと自問する。その通りだ。ぐうの音もでない。

「なにがおメメだ、気持ちわりぃ。」
「にのちゃんの暴言がソフティなおれを襲う!」
「そうだな、おまえはソフティだ。」
「…まって、今なんかばかにされた感ある。」

むっとした苗字が目の前の英和辞典に伸びた手を遮るように、二宮の指がその上に乗せられた。
不思議そうな、やわらかな音が二宮に向けられる。

「にの?」

この音が好きだ。この男以外誰も奏でないこの音が。
唯一にして特別。あたたかい響きをしているから。

「…ほんとどうした?」
「何もない。」
「あ。もしかして、焦ってる?ガラにもねえなあ。」
「どの口が。」

交叉した視線はいつも見ているものよりずっと穏やかで言葉につまる。確かに自分はそうだった。

「にの。」

自分の中では、この男が音として発する言葉の内でも、最もその音が深い意味を孕んでいる。
うつくしくてやさしくて、愛しさに満ちている。

けれどもこれから先は、だんだんとその意味も薄れて、ついには消えてなくなってしまうのだろう。

二宮は知っている。賢明な道を選ぶことが出来る。
ゆえに、それに返事をすることは決してない。



20151130


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