テスト目前、数学につまずいたまま授業を寝こけていたバカに救いの手を差し伸べるくらいには、荒船哲次は面倒見がいいし優しい。
「おおぉ…荒船お前天才!」
「公式覚えりゃ全部解ける。こっちもやってみろ。」
ちなみにそのバカはとても残念なことに俺ではない。
荒船の隣の席の佐藤くんである。
「こっちは?」
「あ?…あー、これは…。」
俺だって、ふええん数学できないよおとか荒船をちらちら見ながら声を大にして言いたい。
俺だって、荒船に手取り足取り教えてもらえるお勉強講座開いてもらいたい。
「苗字。」
「…ん?」
「これどうやって解いた?」
「えー?…あー、うん。これはなあ、」
しかし悲しきかな、俺は割と勉強ができる頭なので、教えられるより教える側の人間なのである。
身を寄せあって話すのはとても幸せだし、頼られて嫌な気分なんてするわけないんだけど、それでも俺だってなにか荒船に委ねたいし面倒みてもらいたい。
ようは佐藤くんが羨ましいっていう、羨望嫉妬。
俺がみなまで言うより先に荒船は理解したらしく、ちんぷんかんぷんですという顔をする佐藤くんのためにすらすらっと式を書き上げて、口で軽い説明をした。これでいいかと確認するようにこちらを見てくる荒船にかなりきゅんときて、自分が組み立てていた式が一気に崩壊した。うん、多分、あってるよ。
「そう。」
「ん、らしーぜ。」
「おおっ…なるほど…!」
ノートに戻ってしまった荒船の視線を名残惜しいなあと思いつつ、俺も教科書のページを捲る。
佐藤くんは着々と荒船との距離を縮めつつ、問題を解いていく。ヘルプを頼まれた荒船が、たまに一緒にフリーズして、ちょっとだけ悔しそうに俺に助けを求めてくるのは儲けものなので佐藤くんは許そうと思う。
それより俺は今猛烈に荒船が心配になった。
ちらりと見えた荒船のノートに書きつけられた問題たち。お前、今やってるとこ範囲じゃないよ。
正直にそれを伝えれば、凶悪面が訝しげに俺を見る。
「は?入るだろ。」
「いや、一クラスだけ授業が追いつかなかったから無しになったって、言ってた。」
「あ、そういや荒船そん時早退してたな!」
「マジかよ!」
ここしかやってねえのに、と机に突っ伏してしまった頭を、同情と少しの下心でゆっくり優しく掻き回してやった。
俺が荒船に面倒を見てもらえる日は、当分の間こないんだろうなあと思う今日この頃。
20151103