WT | ナノ

先日やっとの思いで吐き出した誘いを断られた時は本当心臓止まると思ったけど、その後に名前さんに優しくフォローされてすぐ許しちまった。
オレ、かなり単純だよなあってフクザツな気持ちになって、車で家まで送ってもらった後、一人でちょっと落ち込んだ。

でも今日は、誘われて泊まりに来てるんだ。
この前みたいになるわけない、なんて根拠のない期待をしてるくらいには、オレはこの人に愛されてると思ってる。なんてジイシキカジョー。

「米屋。」
「ん?」
「ぼーっとしてんな、考えごとか。」

手のひらでこいこいと呼びつけられて、オレは軽く首を横に振りつつその通りに足を進める。
やっぱり名前を呼ぶのは慣れないらしく、ちょくちょく米屋に戻ってるけど、それはそれでいいなと思う。

隣に座れ、っていう意思表示の手のひらに従って隣に腰を下せば、名前さんが優しく笑って見つめてくるもんだから、本当にたまらない。

ふと伸びてきた指が、オレの額の横に落ちてきていた髪の毛を撫でて、耳にかけてくる。
ああ、うん、こういうとこ。すきだなぁって納得して、そんでもって喉の辺りがぎゅっと締め付けられる感覚。ちょっと苦しいけど、嫌いになれない苦しさ。
すげー、なんつーの…そう、ときめいて、る?

「飯食ったから眠い?」
「んー、大丈夫。」
「風呂沸いてんぞ。」

早く入ってこい、なんて、にかりと笑ってなんとなしにそう言うもんだから、ちょっとびっくりした。
これじゃあ全然前と変わらないじゃんか、なんかもうオレは面白くなくて、ガキみたいに拗ねたオレが、意地悪くこの人を困らせたがる。

「これって、オレ誘われてる?」
「は?…っえ、あ、いや!他意はない!」

そしてまた他意はないのだと繰り返す名前さんに不満を越して呆れてしまう。

「そんなことだろーとは思ってたけどなー。」
「…お前の言葉はどれが本心なのか分からん。」

全部本心だって言ったら、名前さんはどうすんの。
不機嫌、てのを隠そうとせずぶすくれたオレに一番風呂を勧めてくるくらいにはこの人は優しい。

そんでもって寝巻きを貸せと強請るくらいには、オレもけっこうわがままなクソガキである。


名前さんが風呂から上がるまで、適当につけた番組を眺めていた。湯冷めするから早く寝ろなんていうあの人の言葉は聞いてない。

ぺたぺたと呑気な足音が聞こえてきて、かわいいなあと振り向けば、頭からタオルをかぶった名前さんがおれをきょとりと見下ろしている。

何か声をかけようとしたところで、オレはぎょっとして動けなくなった。
一瞬細くなった名前さんの眼に、心臓が鷲掴まれたみたいに思えたからだ。なんだこれ。

「あー、起きてたのか。」
「え、あ、うん、まあ。」
「…ベッド貸すっつったろ。」
「は、」

今、なんでオレは、こっちを見る名前さんの顔にビビったんだろ。

「んしょー。」
「うわっ。」

深く考えるより先に、大股で近づいてきた名前さんにぐいっと腕を引かれて、そのまま強引に立たされた。
またもぺたぺたと気の抜けそうな音を立てて、フローリングを進んでいくその背中を追う。
あ、シャンプーの匂い同じ、じゃないそうじゃない。

立ち止まった背中を見つめる。肩越しに寝室の扉が開かれたのを見て、オレは無意識に噛みしめていたらしい唇から力を抜いた。それを、ゆっくりとほどく。

そりゃあ色々期待してた。恋人の家に泊まるってことは、そういうこともあるわけじゃん?
でもそれと同時に、やっぱり不安もあった。
腕を引かれる力は強くないのに、抗えない。

暗い部屋の中でも、オレを振り返った名前さんの頭はまだ濡れているとわかるほどにびしょびしょだった。
まだ髪の毛からぽたぽたと垂れる水が、オレの手の甲へと落ちてくる。つめてえ、でも手はあちーの。

ちゃんと拭けよって、いつもみたいに言えなかったのは、合わせられた眼が何も言うなとオレの言葉を塞ぐからだ。多分、オレは間違ってない。

知らなかった、この人の、こんな感情の出し方。
聞いてない、オトナの色気を隠し持ってるなんて。

オレの手を掴んでないほうの手で、名前さんは額に張り付いた前髪をかき上げると、薄く笑って、固まって動けないオレをほぐすように抱きしめた。
熱くて濃い名前さんの匂いに強く包み込まれて、目の前がぐらりと揺れる。

う、わ。これ、だめだ。腰、ぬけそう。

逆上せたみたいに、何も考えられなくなって、足元がふわふわする。
触れる肌が熱い。匂いが濃い。全部名前さんだ。

「ちょっと冷えてんな。だから寝ろっつったのに。」

ふっと解かれた熱の匂いに一瞬だけぼうっとした。
はっとした時には名前さんは寝室を出ようとしていて、言葉に詰まる。

「おやすみ、」

ようすけ。続いた言葉に頭が熱くなった。
なんであの人はこうも簡単にオレをモテアソぶのか。
ちょっと悔しくて、情けなくて、熱くなった頬を忘れてやろうと語尾を強めて返事をした。

飛び込んだ先のシーツも枕も、名前さんの匂いしかしなくて、落ち着かない。
それでも一呼吸つくたび、睡魔は確実にやってくる。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -