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あれこれ喋るとただの言い訳のように聞こえてしまうので、簡潔に起こったことを話す

俺は犬飼とちゅーをしてしまった。ファーストキッスだった。そして味気も色気もクソもない不慮の事故だった。お互いにどうしようもなく、どちらにも非はなかったと思う。しかし何故か俺は人通りの少なくない通路で正座をしている。その経緯をこれから書き記していこうと思う


ホワイトデーだけどくれた相手もいないから返すあてもねえやとやさぐれた俺は、誰かと模擬戦でもしようとやってきた本部でもさもさチョコ食ってた犬飼を発見。そして捕縛しぼかすかやること十数戦

なんか飽きてきたし人もいないから鬼ごっこしようぜって話になって、男気じゃんけんを5回繰り返して勝ち越した俺が鬼に決まった。制限時間は15分。ここで俺は、何が楽しくて野郎と鬼ごっこなんてせにゃならんのだと理不尽な憤りを感じていた。鬼になったのが不満だったのである

それじゃあ逃げるかと早速グラスホッパーを出した犬飼が、何を思ったのか意地の悪い顔で振り返った時、俺は知らず知らずのうちにトリガーを握っていた

「捕まえられたらチョコあげる」とかなんとか、犬飼がそう言い終わった瞬間俺の反骨精神が飛び起きたので思わずどタマをぶち抜いてしまった。反射だった。アツアツのおでんを口に突っ込まれて吐き出すそれと同じ。そして俺は今日の自身の動物的勘が非常に冴え渡っているのに震えた。やだ…もしかしてこれって…サイドエフェクト…?

お分かりかもしれないがちとちっちゃいよとこが連続して続く言葉は俺の地雷なのであった。もうかれこれ一ヶ月はそうだし、それを口にもしてない。まあ明日からなら食べられそうな気がする。いやもうなんなら今日食べられそう。ポンデダブルショコラとかダッツのトリプルショコラとかクアドラプルショコラとか…アレあったっけそんなん…?まあでもいけそうだわ、食える食える

その後戻って来た犬飼は俺の突然の暴挙に大層ご立腹だったらしく、飛びかかってきたので結局もう十数戦した。結果ぼろくそに負けた

俺をタコ殴りすることで満足したらしい犬飼と和睦し、気を取り直して鬼ごっこに縛りを作ることにした。使っていいトリガーはオプショントリガーだけ、ということでお互いが納得した

犬飼はバックワームを付けると一目散に逃げていったが、俺は追いかけられなかった。そう、俺は三分間待たなければいけなかった。調子乗ってムスカを気取ったのは間違いだったと今でも思う。しかし男に二言はないので、俺は律儀に180秒を数えた

もしかするとここが迅さんがよく言ってる分岐点というやつだったのかもしれない。よく知らんが

そうして鬼ごっこ始まったわけだが、探しても探しても見つからなくて、ついにバックワームは狡いだのとぎゃんぎゃん文句言いだした俺に呆れたのか犬飼はバックワームを外してくれた。これが残り時間3分を過ぎたとき。カップ麺も作れないこの時間を引き伸ばしてくれるほど犬飼澄晴くんは優しくなかった。いや元々か

やっとこさ反応しだしたレーダーを見て、俺はまたいつのまにやらアステロイドを発動していた。ちなみに俺は鬼ごっこといえども真っ当に戦いたかったのでバックワームをつけていなかった。バックワームをつけていない鬼がバックワームつけた相手をみつけられるとでも?無理に決まってんだろ。じゃあ鬼に捕まる心配がない奴の鬼ごっこの楽しみ方は、分かるよな

そう、犬飼は見事に俺の十数メートル離れた背後に居た。振り向くと手を振っていやがったのである。俺がちょろちょろ動き回るのを背後から追いかけて一人笑っていたに違いない

屈辱に震える俺に投げかけられる余裕綽々な犬飼の声「打ったらペナルティでダッツ〜」本気で蜂の巣にしてやろうかと思った

そこから俺はテレポーターを乱用して距離を詰め、爆笑しながら逃げる犬飼をスパイダーで捕まえてやろうとして、上手く犬飼を釣り上げた拍子になぜか足元に張ってたワイヤーに引っかかってしまって、犬飼と一緒にばったんちゅー。あれ、これってもしかして全面的に俺が悪い?ウソ?俺のせいになるの?

あまりに突然の、しかも予想外な出来事にベイルアウトという素晴らしいボーダー開発部の努力の結晶をお互い忘れ去ってしまい、じっと見つめ合う謎の沈黙が訪れた

犬飼より先に我に返ることができた俺はそれが気まずくて仕方なくなって、思わずいらんことを口走る
日頃からの思慮の浅さが浮き彫りになったし、今後は気をつけようと胸に刻んだ

「トリオン体だしノーカンだろ」

だから気にすんなという意味も含めて、犬飼の面子を慮ってそう言ったつもりだったが、なんとなく眼を見れなくなっていたので全くもって説得力はなかったことだろう。でなきゃあの大体のことを笑って済ます犬飼が、

「しね」

などという暴言を吐いて、脳天ぶち抜いてくるはずがない

以上が二宮隊の隊室前で正座するに至ったB級隊員の経緯だ。どうか笑ってくれるな

トリオン体のファーストキッスを失ってしまったという事実は、思いの外俺の心に傷を残すことはなかった。嫌悪感もなく、むしろ俺のどタマぶち抜いた後無言で去っていった犬飼への罪悪感の方が勝っている

けれども俺がこうして誠心誠意をもって謝罪に来ているというのに、当の犬飼は全くもって取り合ってくれない。全くぼかぁチミがこんなにもネチネチした男だとは思っていなかったよ犬飼クン。こちとらトリオン体じゃないんだぞ。生身で正座だぞ。顔見知りの冷やかしにも堪えてちゃんと正座してんだぞ。これ以上の誠意があるか?なに?服でも脱げばいいのか?!

静かに荒ぶる俺を、わざわざ隊室から出て来て声をかけてくれた辻くんが見兼ねて犬飼を連れて来てくれようとしたがあえなく失敗。申し訳なさそうな辻くんに胸が痛んだ。そんな顔をしないでいいんだ、君はなにも悪くないんだから。悪いのは…アレ?悪いのは…俺か…?いや違う…。そこで俺はハッとした

犬飼じゃね?

冷静になってよくよく考えると、俺はあの時足元にスパイダーを設置した覚えはない。正々堂々戦う派の俺は、あんな足元引っ掛けて転ばせてやろうという魂胆見え見えの性格悪いワイヤーを張ったりしない!俺の動物的勘(?)が冴え渡っていく

そうだ全ての元凶はあいつに違いない!十中八九、俺を転ばせて笑うつもりだったのだろう犬飼澄晴だ!思い返してみるとあの逃げ方は完全に誘導だったな…やべ、普通に引っかかってたわ…、

まあとにかく!犬飼澄晴には天罰が下ったのだ!ざまあねえや!はっはっは!

…しかし神様何も犬飼への罰に俺を巻き込むことはないんじゃないだろうか。…嗚呼、天は無情なり

そう考えついた俺は途端に犬飼に謝ろうという気(そもそも何を謝る必要があるのか)も失せたので、辻くんにお礼を言ってから家に帰ることにした


数日後、ホワイトデー事件(勝手に命名)のほとぼりも冷めたろうと思って、俺は本部で見かけた奴に気配を殺して後ろから声をかけ背中を叩こうとした

「よー犬飼」

いぬかいのいを言うか言わないかの所で奴の姿はなくなり、俺の手のひらは虚しく空を切った。アレ?辺りを見回しても犬飼らしき姿は見当たらない。ま、まさか幻覚…?犬飼などここにはいなかった…?
う、うわ〜やらかした?!俺やっちゃったかな?!

恥ずかしさと焦りがあいまって誰にも見られていないことを願いながら俺は早足にその場から逃げ出し、食堂で冷静さを取り戻そうとしていた

そして、そこでふと犬飼がテレポーターを使ったのかもしれないという仮説に至り、これだこれに違いないいやもうこれであってくれと切実に願いながら、それを確かめるべく二宮隊の隊室までわざわざ足を運んだ。そして深呼吸。呼びかける

「すーみはーるくん、あーそびましょー」

…隊室は開かない

やっぱりあいつは任務であれは幻覚だったのかもしれないやばいな俺疲れてんのかなと青褪めて来た道を帰っていると、辻くんと鉢合わせた。辻くんは不思議そうに犬飼はどうしたのだと訊いてくる。そんなのおれがききたい。任務じゃないの?

「任務でしたよ。多分先に帰ってるはず」

どうやら居留守を決め込んでいたらしい
ほとぼりは冷めていなかったようで、むしろもっと熱されているようだった。犬飼がまじで怒ってると察した俺は、いよいよどうすればいいのかわからなくなった

こんなことを予想だにしていなかった俺は大変うろたえ、辻くんを諜報員として雇おうと最近持ち歩くようになったカカオ95%チョコレートを差し出したが「いいです、呼んできますよ」とクールに断られたので、前と同じように隊室前に正座し、カカオ97%チョコレートをぽりぽりかじって待っていることにした

しかしそれも3袋目に突入するとなると、身体が拒絶反応を起こし始める。口の中の苦い物体を嚥下できなくなったのである

やっぱり苦くて食えたもんじゃねえなと思って、でも捨てるのもあれだなあと悩んでいるとちょうどポカリが目の前を通ったので襲いかかって口に押し込んでやった。この野郎正座でクソ苦いチョコレートかじる可哀想な俺に一瞥もくれなかったという理不尽な怒りが小爆発を起こしたせいである。突っ込んだ瞬間、いつも半分しか開いてない眼がカッと見開かれたのがちょっと怖かった。ごめんやで、ポカリ

どこか哀愁漂うポカリの背中を見送っていると、ようやく隊室から人が出てきた。犬飼なわけがなく、辻くんだった。なぜかさっき会った時より表情が無を極めているように見える。怖いよ、辻くん

まあ何かしら収穫はあるだろうと思ってポカリ話法が楽しくなった俺は「どうだった、犬飼」と尋ねた

「ちょっと今はデリケートな時期だそうです」

なんだ犬飼お前女かよ、といろんなことが全部ばかばかしくなったので、辻くんが止めないのをいい事に俺は隊室に乗り込んだ。そして辻くんは隊室に戻ってこなかった

多分犬飼は歩く音で気づくはずだ。前に俺の足音はうるさいって言ってたの、俺覚えてる。ソファで丸まってるターゲット。それにずかずか近寄って、

「すーみはーるくんっ、…エッ」

覗き込んで固まった。…エッ、すみはるくん?

「…名前くんが大好きな澄晴くんですが?」
「…なんか告白みたいだね。はははどしたん風邪?かおまっか」

言葉が出てこなかった。なんでって、そりゃあ、生身のファーストキッスを

「うばっちゃった〜」
「、う、うばわれちゃった〜…?」

にまにま真っ赤な顔で笑う犬飼澄晴くん。そして、ゆっくり手を伸ばしてきたかと思うと俺の胸ぐらを思いっきり引っ掴んだ。ぐっと圧迫されてちょっと辛かった

「責任取るから、責任取ってよ」

有無を言わさない圧力があったけど、別に嫌じゃなかったので素直に頷いておいた。とりあえず口の中に先程嚥下したゲテモノが戻ってきつつあるのでそれを優先的になんとかしたい


20170314


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