大きくて長い足を窮屈そうに机の下にしまいこむ彼は、私よりも竹ものさし一本分くらい身長が高い。
そんな、私の隣の席にいる、灰色の大きなかいじゅうくんの話をしよう。
そのかいじゅうくんは、授業が二限目にはいると大きな音をお腹から出す。
そうするとへなへなーっと机に突っ伏して、はらへった、と情けない声で言う。
かいじゅうくんはバレー部らしい。
いつも朝練があるから、二限目くらいにはお腹が空いてしまうのだという。
前にかいじゅうくんが友達に話していた。
これは盗み聞きなどではなく、ただ聞こえただけであるとわかってほしい。
そんなかいじゅうくんは、私のことを食べ物か何かと勘違いしているらしい。
「苗字って、うまそうな匂いすんな。」
おわかりいただけただろうか、日頃から心の内で親しみとほんの少しのおそれでかいじゅうくんと呼んでいる相手に、おまえうまそうだな的なニュアンスの言葉を吐かれた私の気持ちが。
「そんなことはないとおもうよ。」
笑いそうになる膝を必死に抑え、震えかけた声を押し殺してそう言った私を、誰か褒めて欲しい。
そこから私のなかで、ハーフでちょっとお調子者の灰羽くんという隣人は、完全なかいじゅうという存在に変わってしまったのである。
最近、かいじゅうくんはお腹が鳴ると、私を見るようになった。
私はそれに気づかないふりをして、黒板とノートを行き来しながら板書を進める。
一度その眼を見たとき、あまりにもその視線がぎらぎらしていて悪寒に襲われたので、もう見ないようにしようと思っている。
けれどかいじゅうくんは、授業が終わってからへろへろな声で私を呼ぶと、物欲しそうな眼で何か食べるものを持っていないかと聞いてくる。
そのギャップというのが、あまりにもあり過ぎて。
断然後者のほうに絆されつつある私は、たまに持ってくるおやつをかいじゅうくんに献上しているのである。
最近、毎日鞄に必ずおやつが入っている。
「とまあこんな感じですね。私が彼に絆されたのは。」
「なにほだされたって、仕方なくみたいじゃん。苗字俺のこと好きじゃないの。」
しょげたように唇を尖らせるかいじゅうくんにごめんねと謝りながら、目の前でにやにやと意地悪く笑う従兄弟をどういなそうかと考える。
ただいま部活帰りのかいじゅうくんと、彼の先輩である私の身内と、プリンな幼馴染と私、という妙な組み合わせで校門の前にいる。
「告白のくだりは?」
「ノーコメントで。」
「リエーフ邪魔すんな。」
「黒尾先輩には何もしゃべるなって言われてますし。」
兄同然に慕ってきた男だが、兄弟ではないので兄と呼ぶのもなんだし名前でもハードルが高いので、よそよそしいが無難に、黒尾先輩で落ち着いている。
「なんだよ、前みたいにおにいちゃんって呼んでいいんだぜ。」
「じゃあ俺が呼びます、オニイチャン。」
「きめぇ!」
「研ちゃん、黒尾先輩連れてって。」
「名前、お前冷たくねぇ?」
わざとらしくしゅんとする彼に、当たり前だと笑ってやって。
「これから放課後デートなんです。邪魔すんな。」
私よりも大きくてかたい、かいじゅうくんの掌を攫ってひっぱり、走り出した。
電灯が並ぶ道はまだ明るい。
握り返してくれた手は、とてもあったかい。
「苗字ちょうイケメン。」
「ありがと。」
隣人は私より足が長いくせに、歩幅は小さいようなので、私もすこしゆっくり歩く。
彼の手が大きすぎるせいか、手を包み込むように握られる。あつい。
あれだけこわいでかいって思ってた相手が、こんなにもかわいい人に見えるなんて、慣れってすごい。
title:きみはいつの間に ぼくの羽根を食べた んだい
20150304