若頭

今時、親が勝手に決めた許嫁と結婚とか時代錯誤も甚だしい。大体、一人っ子の私が極道の跡目を継ぐだなんていつ言ったんだ。幾ら親とは言え身勝手さにほとほと呆れるわ。

人並みに恋をして、お付き合いをして、自ら選んだ相手と結ばれて結婚。思い描いていた限りなく現実に近い理想の未来予想図だったのに。
付き纏う監視の目が私から自由を奪い、何をするにも必ず誰か一人は傍にいる日常。


「もうやだ、無理」

「そう拗ねるなって。親父さんは名前が大切だから心配なんだよ」

「最近特に行動の制限あるじゃない。天元が一緒だと周囲の注目浴びて本当に嫌なんだけど」


苗字組の若頭である天元は父に大層気に入られているらしく、天元もまた父を誰よりも信頼しているのだとか。
私が中学へ通っていた三年間は天元が世話役としてずっと傍に居た。その頃の彼は割と融通の利く理解者だと思っていた。
高校生になると天元は父の右腕として働くようになり、あまり接点もなくなっていた。
それなのに再び世話役として戻ってきたかと思えば、あれは駄目これも駄目と口煩い小姑へと変わり果てていた。


「実弥や小芭内は許してくれたのに」

「名前を大切に思う気持ちは、あいつらよりも遥かに上だぜ」

「いっその事、大学は関西の方にでもしようかしら」


そうすれば一人暮らしも出来て自由も手に入る。なんて素晴らしいアイデアだろう。
早速、大学のパンフレットを取り寄せなきゃ。


「派手に却下だ」

「はぁ!?」

「家から通える距離にある大学に合格出来ねぇ時は行かせねぇ」


天元はどうだ、と言わんばかりの顔を此方に向けて鼻で笑う。なんでよ腹立つ。軽く腹にグーパンすれば「痛ぇな」と言いながらも全く痛そうじゃない所もまた腹立たしい。


「高校までは親の言いなりになって女子校にしたんだから、その先の人生は私が決めても良いでしょ」

「堅気の娘なら、それでもいいんだろうけどなぁ」

「今時、血筋だとか家系だとかに拘る方が、どうかと思うよ」


組は継ぎたい人がやったらいいじゃない。私が継いだって右も左もわからないのに。組員だって、こんな素人に命を預けたいと思わないでしょうよ。


「親父さんが決めた事なんだ。俺じゃなく親父さんに言えよ」

「顔を合わせる度に言ってるけど全く相手にされないんだよ」

「なら諦めるんだな」

「天元が後を継げばいいじゃないの。それなら私は自由になれるし」


名も知らない人との結婚だってしなくて済むじゃない。


「わかってねえなぁ」

「…何が?」

「俺が継ぐに決まってんだろ」

「…えっ」


何だぁ、天元が組長になるのか。
でも、それなのに何で私は自由になれないんだろう。


「名前の結婚相手、俺だからな」

「…えぇー」

「何だよその不服そうな面はよぉ」

「だって天元、女遊び激しいんでしょ?」

「おい、誰だ。んなデマを吹き込んだ奴は」


天元は背も高いし顔立ちも女性が振り返って見惚れる位、綺麗だけど。
私は自分だけを好きでいてくれる人と添い遂げたい。


「俺は、初めて名前の世話役になった時から女とは関わり持ってねぇぞ」

「別に、どっちでもいいじゃない」

「良くねぇよ。いいか、俺は派手にお前に惚れてんだ。生半可な気持ちで結婚を決めた訳じゃねぇ」


道端だと言う事も忘れて大声で話す天元の腕を引っ張って小道へと移動する。
あんな人前で言う台詞じゃないでしょ。


「恥ずかしかった」

「聞かれて困る事は言ってねぇよ」

「そうじゃなくて。…惚れてるとか言うから」

「本心だぜ」

「違う違う。もっとこう…シチュエーションとか、あるでしょって事」

「…あぁ、名前は少女漫画みてぇな雰囲気とか気にするんだったな」


どうせリアルで恋をした事もないですよ。
口を尖らせて下から睨みつければ天元は口元を緩ませる。


「そういう顔を見せんのは、俺だけにしろよ」


私を包み込んで髪に顔を埋める。
天元の事なら何でも知ってると思ってた。
でも、目の前に居るのは私の知らなかった彼の一面。
大人の男の顔をした天元だ。


「名前を幸せにしてやれるのは、俺だけだからな。他の男見てる余裕もねぇ程、ド派手に愛してやるよ」



危険な恋の予感



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