ホスト
私自身は夜の繁華街に毛ほども興味は無かった。ホストにご執心な同僚が一生のお願いと言い出したので仕方なく…本当に少しだけのつもりで付き添った。
「いらっしゃいませ」
扉が開くと両サイドに分かれて男性が佇んでいて眩い笑顔で御出迎えをしてくれる。
日常なんて一瞬で忘れてしまう程、煌びやかな世界。そしてイケメンパラダイス。現実逃避を切に願う女性なら毎日でも訪れたくなるのだろう。
私は、と言うと場違いな雰囲気に若干引いている。
同僚の付き添いで来店したはずなのに彼女は既に決まった男性に腕を絡ませてテーブルへと向かっていた。
「姫、こちらへ」
目の前に差し出された手。
こんなサービスまでしなきゃならないなんてホストの人達は大変だなぁ。
他人事のようにぼんやりと眺めていると、もう一度声が掛かる。
「あ、あぁ、すみません」
非礼を詫びて、そこで初めて男性の顔を見上げた。
「…は、…えぇ!?」
「なっ、…声がでけェ」
「…ねぇ、何してんの?」
一気に現実へと引き戻された。
手を差し伸べ女性を「姫」と呼ぶ目前の男は学生時代の同級生だったのだ。
こんな形で再会するなんて思いもしなかった。クラスの中でも硬派でやんちゃだった不死川が、まさかサービス業をしていたとは。
「こっちに来い」
「え、ちょ、引っ張らないでよ」
「騒ぐなっての」
腕を拘束されたまま一番奥の席まで連れて来られると不死川もドカッと腰を下ろす。
「お前、こんな所で何してんだよ」
「それ、私の台詞だよね」
「見りゃわかんだろ。仕事だ仕事」
徐にポケットから煙草を取り出すと火を点ける。
学生の時よりも大人びた彼の横顔は紫煙の装飾効果もあってか色気を帯びて見えた。
「名前は、ホストクラブとは無縁の印象だったのになァ」
「奇遇だね。私も同じ事を思っていたわ」
「相変わらずだな」
「そっくりそのままお返しします」
そして、どちらからともなく笑い出す。
見た目が変わっても、中身は昔の不死川のままだ。
「大方、玄弥くんの大学費用を稼ぐ為なんでしょ?」
「まァな。備えあればって所だァ」
「弟思いな所も変わらないね」
思い出を振り返れば話は尽きない。
彼が仕事中じゃなければ周りを気にせず昔話に花を咲かせたいところだ。
「玄弥さん、二番テーブルにお願いします」
「あァ、直ぐ行く」
「え、何、玄弥くんの名前…」
「うるせェよ、黙って待ってろ」
お店で玄弥くんの名前を使ってるなんて本人が知ったら泣いて止めるんじゃないだろうか。幾ら大切な弟でも源氏名にしちゃうとか玄弥くんの事、好き過ぎるでしょ。
まぁ、そんな不死川が好きだったんだよなぁ。
想いは告げず卒業して連絡を取りづらくて疎遠になっていたけれど、こうして再び出逢ったのは偶然か、必然か。
「至極当然の事じゃねェの?」
「私の心の中を読まないで」
「名前の事なら、何でも知ってんだよ」
「うわー、今のホストっぽかった」
「ホストだし」
テンポよく繰り広げられる会話が心地よくて、あの頃の恋心が蘇ってくる。
「名前」
「うん?」
「此処を辞めても、俺を指名してくれるか?」
「…辞めるの?」
「あァ、もう金も随分貯まったからなァ」
でも、お店辞めたら指名なんて出来ないじゃないのさ。
…嘘、本当はわかってる。
「それなら私は不死川にとって、ただ一人の姫って事か」
「悪い話じゃねェだろ?」
「そうね、その話に乗るわ」
にっこり笑ってそう言えば満足気に笑んで、手の甲へと口付けた。
未来永劫、指名します。
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