バンドマン

何かに夢中になるきっかけは十人十色。
どんなタイミングで何がトリガーになるかなんて予測不能だ。

音楽は聴くけど熱をあげる程、好きなバンドもなければライヴにも興味は無い。バンドマンに惚れるなんて以ての外だ。


「おう、名前。どうだったよ」

「天元、お疲れ様」

「俺達のバンド、ド派手だったろ?」

「バンドの事ってよくわからないけどさ。ベースって、あんなに目立つものなの?」


ふらっと帰省した実家の前で偶然にも出会した幼馴染の天元に無理矢理連れて来られたライヴハウスは兎に角熱気が凄かった。関係者でも無いのに通された二階の席から下を見下ろせば人で溢れ返っていた。
照明が暗くなり曲が始まると、それまでバラバラだった人達がステージに釘付けになってバンドと観客が一体となって楽しんでいる。その空間をただぼんやりと眺めていた私も次第に気分が高まって気付けば立ち上がり腕を振り上げていたのだ。
そのステージ上では、よく知る人物が誰よりも前に出ると観客に向かって「もっと騒げ」と煽っていた。
燥ぐ幼馴染の姿を目で追いながら、昔と変わらないなぁと笑いが込み上げた。


「ステージはなぁ、目立ったもん勝ちなんだよ」

「そっか」

「名前も随分と派手に楽しんでたじゃねぇの」

「うん、久しぶりにスッキリした感じ」

「リフレッシュ出来たなら、連れて来た甲斐があったってモンだ」


一昨日まで仕事が繁忙期だったから終電ギリギリの帰宅が続いていたし休日も出勤。昨日は布団と同化するかと思う位に寝ていたら一日が終わってた。
そう考えたらいい気分転換になったのは確かだ。


「私、疲れた顔してた?」

「凄ぇ老け込んでたな」

「ちょっとはオブラートに包んで言ってよ」


思った事をストレートに言える天元が少し羨ましくもある。私は、と言えば社会に出て会社という組織に属して過ごすうちに自我を失い、上司の顔色を窺い与えられた仕事を無難に熟す日々。
こんな生活でも生きていく為には必要なんだと自身に暗示をかけてないとやってられないわ。


「仕事、大変なのか?」

「うんー。でも、自分で選んだ道だから」

「何だよ、仕方ねぇってか?」

「天元みたいに、やりたい事も無かったし」

「俺は、名前みたいに頭も良くねぇからな。楽器屋で初めてベースの弦を弾いた瞬間、これだ!って思ったわけよ」


目を輝かせて熱く語る横顔は、普段の彼からは想像もつかない程に格好良くて見惚れてしまう。


「俺の夢の一つが、このバンドで有名になる事だからな」

「その夢は叶いそうなの?」

「あぁ、デビューも決まってるからな」

「へぇ、凄いね!おめでとう」

「けどな、一番欲しいモンは、もう一個の方なんだよ」


一つ夢を叶える事だって並々ならぬ努力が必要だったはず。あれもこれもと欲を出せば全てを失うものだ。
それでも、天元だったら全て手に入れてしまうんだろうなぁ。


「天元なら、きっと大丈夫だよ」

「そう思うか?」

「うん」


隣に佇む彼を見上げると此方を向いて目を細めて微笑んでいた。
速まる鼓動に気付かぬ振りをして天元から目を逸らせば、何時に無く優しい声で「名前」と名を呼ぶものだから意識してしまう。


「俺がずっと欲しかったモンは、お前と生きていく未来だ」

「天元…」

「俺を幸せにしてくれよ」


彼は、いつも強引で、強欲だ。



奏でる音色は二人で



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