弁護士

初対面で彼の職業を一度で言い当てた人を、私はまだ知らない。
派手な身なり、背丈にも恵まれていてスーツの上からでも一目瞭然な筋骨隆々とした体格。それと女性である私より遥かに綺麗な顔立ち。これで明朗闊達ときたもんだ。モテる要素しかないよね。
非の打ち所がない彼を女性達が放っておくはずもなく仕事上、共に行動する事も少なくない私は並んで歩く事に気が引けて、ほんの少しだけ後ろを歩いてしまう。

そんな私の思いを知ってか知らずか数分もしない間に歩幅をきっちりと揃えて何事も無かったかのように隣を歩いている彼。このちょっとした行動にさえサラッと対応するスマートさは完璧を超えて怖くなる時もある。


「なぁ、名前」

「はい、何でしょうか」

「今日この後、食事でも…」

「今日は予定があるので、申し訳ないです」


宇髄さんと仕事をすると決まって交わされるこのやり取り。予定なんて全くないけど周囲の目を気にしながらする食事は味もわからず食べた気がしないので断り続けている。
毎回食い気味に返事をすれば、そこで会話は終了する。

でも、今日は違う展開だった。


「予定って何だよ」

「えっ」

「お前、前回もそう言って断ったクセに一人でラーメン屋行ってたじゃねぇの」


何でそれ知ってるの。もしかして尾行でもしていたとか。


「いや、それは…」

「何か気に障るような事をしちまったなら言ってくれよ。詫びも出来ねぇままじゃ釈然としないんでな」


彼の言う事は正論だ。
毎度断るのも気を遣うし、もういっその事ありのままを伝えよう。
そうすれば納得してもらえるだろうから。


「宇髄さんと食事をしていても、食べた気がしないんです」

「は?…あぁ、量が物足りなかったか」

「そうじゃなくてですね。周りの視線が気になって、折角の料理も味わえないんです」


彼が悪い訳じゃない。でも二人きりでの食事は仕事以上に疲れてしまう。


「だったら、俺の家に来いよ。大したモン作れねぇが振舞ってやるから」

「宇髄さんが、料理…ですか?」

「何だよ、それも駄目か?それなら、名前、お前が作れ。そして俺に食わせろ」


素直に言えば諦めるだろうと思ったのに、そう簡単な話ではなかった。
彼の中で、私との食事は大前提になっているのか。


「あの、宇髄さん」

「ん、何だ?」

「どうしてそこまで、私と食事したいんですか?」


どちらかと言えば親しい間柄ではないし食事だって数える程度しかした記憶がない。しかも二人ではなく事務所の人達も一緒だったし。

問いかけに答えはなくて、軽い冗談の一つでも言ってやろうと再び口を開く。


「ひょっとして私の事、好きなんですか?」


…なーんてね。そう付け加えて笑ってみせれば突然歩みを止めた。


「宇髄さん?」


口元を押さえて俯く彼に駆け寄って「具合悪いんですか」声をかけ顔を覗き込んだ。


「…へ?宇髄さん、顔が真っ赤」

「おまっ、何で平然と言うんだよ」

「ちょっとした冗談のつもりで…」

「洒落になってねぇっての」


私の手を握りしめ、そのまま歩き始めた。少し先を行く彼に問うてみる。


「さっきの答え、まだもらってませんよ」

「お前なぁ」

「私、言葉で伝えて欲しい人なので」

「名前の作った飯、毎日食いてぇなぁ」

「え、プロポーズですか!?飛躍し過ぎてますよ」

「俺、こういうのした事ねぇし、苦手なんだよ」


全てが完璧だと思っていただけに彼の意外な一面は何だか可愛く思えてしまう。


彼を、弁護します。

「書類にもサインしねぇとな」
「…それって、まさか」
「役所の夜間窓口で貰えっかな?調べてみるか」



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