アングレガムに誓いを
一軒目の店を出ると既にしのぶちゃんの姿は無かった。つい先程まで蜜璃ちゃんと談笑していたはずなのに一体どのタイミングで抜け出したんだろう。
「お前等着いてこい。二次会、行くぞ!」
「宇髄、俺も共に行こう!」
「おう、煉獄。派手に飲もうぜ!」
先頭を切って歩く二人の後を追っていると、突然後方から凄まじい力で腕を引かれて脇道へと連れ込まれる。
「わわっ!」
「騒ぐな、勘づかれんだろ」
腕を掴んで引っ張った人物が不死川だったと理解すれば安堵する。しかし先程蜜璃ちゃんの口から語られた恋愛話を思い出すと気不味さのあまり露骨に顔を背けた。
「さっきの話」
「…どの話?」
「名前が、卒業式に告白しようとしてたってヤツだ」
「もう、昔の話だよ」
「…名前」
「過ぎた事でしょ。こんな二人でいる所、誰かに見られたら誤解される」
報われない想いを引き摺ったままだけど不死川には大切な人がいる。その幸せを壊すつもりは微塵も無い。
この想いは、いつか過去形に出来る日が来るだろうから。
どうか、もう私の事は放っといて欲しい。
腕を振りほどいて、この場を去ろうとすれば背後から抱き締められた。
「ちょっと、不死川」
「俺は、今でも名前が好きだ」
「な、に…言ってる、の?」
「お前を忘れた事は一度もねェ」
「…離して」
「離すかよ」
「お願いだからっ」
これが何の障害もない告白だったなら、どんなに嬉しかったか。手放しで喜べない現実に胸が締め付けられて息苦しい。
誰かを傷つけてまで得る幸せ程、不幸な事は無い。
「拒むなよ」
「私は、不死川の家庭を壊してまでっ。一緒に居たいなんて思わない!」
「…あァ、この指輪かァ」
私の身体に巻きついた腕を離すと指輪を外してみせた。
「ちょっと」
「俺は、誰のモンでもねェ」
「…は?」
「事情があって結婚してる素振りしてんだよ」
…意味わからない。事情って何さ。偽装してるって何の為に。
脳内は無数に浮かび上がるクエスチョンマークで埋め尽くされていく。
「話せば長い。場所変えて聞いてくれ」
真剣な眼差しで話す彼の言葉に黙って頷くとほっとした表情に変わった。
これから彼の口から明かされる事実がどんなものであったとしても。
結末がどんなものになったとしても。
全てを受け入れなければ次へは進めない。
私にも、覚悟を決める時が訪れたようだ。
タクシーに乗り目的地に着くまで二人の間には会話らしい会話も無かった。
彼は彼なりに、何から話そうかと頭の中で考えを巡らせていたのだろう。
着いた先はマンションの一室。
「…此処は?」
「俺の部屋だ。まァ、入れ」
「…お邪魔します」
促されてリビングへ足を踏み入れれば、テーブルの上には無造作に置かれた新聞とマグカップ。他に誰かが住んでいる気配も感じられない。
本当に結婚はしていないのか。
「適当に、寛いでくれや」
「うん、ありがとう」
「卒業式の日の件からでいいよなァ?」
ゴクリと唾を飲み込んで、頷いた。
此処に来るまでの間に覚悟は出来ている。
さぁ、聞かせてもらおうじゃないの。
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