アングレガムに誓いを | ナノ


アングレガムに誓いを
幼少期に思い描いていた理想の未来。
憧れを抱いていた学校の先生になって大恋愛をして結婚をして幸せな家庭を築く。
教師になる夢は叶ったけれど恋愛に関しては、てんで駄目。大学時代に告白されてお付き合いをしたものの結局相手を男性として好きにはなれなかった。
そんな事が何回かあって、鈍感な私は漸く気付いた。

高校時代に恋を置き去りにしてきたんだ、と。

入学式の日、貧血で倒れた私を保健室まで運んでくれた人がいた。その男子生徒の名は不死川実弥。常に生傷が絶えず授業にもあまり出席しない彼は素行の悪い生徒扱いされていた。けれど実際は暴力をふるう父親から家族を守って出来た傷だったしバイトを掛け持ちして寝坊しがちだったりと先生達が思うような不真面目な生徒ではなかった。
誰に何を言われようと気にも留めずにいる彼に、いつ頃からか惹かれ始め学校では二人でいる事が増えて卒業式に募る想いを伝えようと人で溢れ返っている校門の前で彼を待った。
…でも、彼が卒業式に姿を現す事はなかった。
後に聞いた噂では付き合っている女性と駆け落ちをしたとか、相手の女性が妊娠したから大学には行かず働いているとか、どれも信憑性に欠けるものだった。真実は彼しか知らないわけで噂や憶測なんてどうでもよかった。本人の口から事実を聞きたかったのに連絡手段と呼べるモノは全て途絶え会う事さえも叶わなかった。
伝えたい想いは言葉にされる事なく胸の中へと押し戻された。
告げられずに終わりを迎えた恋。
彼と笑い時には喧嘩をしたりして過ごした日々を思い出へと変えられず、ずっと時が止まったまま。

恋する乙女のような感情を経験する日は、もう来ないと思っていた。


───────


この学園で教師として三度目の春を迎えた。
同僚の先生方は少々個性が強いものの優しい人ばかりで生徒達も明るく素直な良い子ばかり。恵まれた環境で好きな仕事が出来る喜び。
恋愛なんてしてる間もない位に毎日があっという間に過ぎていく。


「苗字先生、おはよう!」

「煉獄先生、おはようございます」

「古典担当の教師が赴任してくんのって今日、だったか?」

「あー、そう言えば今日でしたね」


前任の先生が旦那さんの転勤が決まり急遽退職された。温和で綺麗な先生だっただけに皆、別れを惜しんでいた。後任の先生も出来れば温かい人だと有難い。
現代文を受け持っている私は否が応でも関わる事が多いから。


「名前、柄にもなく緊張してんのか?」

「ちょっと宇髄さん。揶揄うのやめてください」

「宇髄、そのうちセクハラで訴えられるぞ」

「よもや!」

「伊黒、煉獄、お前達にはわからねぇだろうがな。これは俺なりの挨拶みてぇなモンなんだよ」


この日常が、穏やかな日々が、ずっと変わらず続くと思っていた。

…数分前までは。


「古典の授業を受け持つ不死川です」


そう挨拶をして軽く頭を下げる彼は高校時代の想い人。少し伸びた髪が大人の色気を増長させている。

この再会は諦めていた感情を取り戻すチャンスになるかも。
行き場を失くし幽閉されていた想い。動かなくなったままの時計の針を進めて新たな一歩を踏み出せと心が叫ぶ。

けれどもその願いは彼の薬指にはめられた指輪を見た瞬間、音を立てて崩れ深淵へと落ちていった。


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